総合病院へ転勤して数ヶ月後。医療相談室のKさんから、「内科病棟に糖尿病から失明されたSさんという人が入院されています。一度会ってあげてくれませんか」と相談がありました。
MSW(医療ソーシャルワーカー)のKさんは、職場の部屋が隣であったこともあって、見にくい墨字の連絡文が回ってきたようなときには読んでもらっていましたし、私が点字を使用していることも知っておられました。
入院中のSさん、失明宣告を受けられてからどれほどの時間が経過していたのかは、今は覚えがありませんが、20代後半の女性。以前は観光バスのガイドさんをされていたとのこと。どの程度まで「見えなくなったこと」への現実を受け止めておられたのかは分かりませんが、Kさんの助言もあって、そろそろ自分の今後についても考えていかねばと思っておられる時期でした。
お会いしてみると、失明から来る不安ととまどいはもちろん感じられましたが、やはり社会へ出て色々な経験も積んでおられることもあり、私などのような箱入りの環境で育った者からみると、しっかりしておられ、性各的にもなかなか勝ち気そうなところが感じ取れました。
その頃の私は、視覚障害者の全般的な状況について把握している訳でもありませんでしたし、取りあえず自分の身の回りで知り得ている事をお話しし、読み書きの手段として点字があるので、その学習からされたらどうですか?と、私なりの考えを伝えました。
内科病棟にも幾人かの看護学生が配置されており、彼女らも何かとSさんには声をかけているようでした。
Kさんの助言があってか、Sさんと関わっている学生が自主的に点字を学ぼうと声を出したのか。その詳しい経緯については忘れてしまいましたが、とにかくSさんが点字の勉強をするのに学生有志も加わることになりました。
これは、Sさんが点字学習をしていこうとされる良い動機付けになったと思います。
看護学生10数名が集まりました。若い女の子がこれだけ集まって来るというのはちょっと驚きでもあり、若い私としては圧倒される思いでもありました。
「今後もサークルとしてやっていくのなら名前をつけたら」ということになり、Sさんの提案で「白百合会」と命名されました。これは、点字が6点で構成されていること、百合の花の花弁も6枚であること。白衣の天使の卵である学生の集まりであることから白い百合を発想されたそうです。
週に1回か2回、新築された病棟の屋上に終業後集まり、点字の勉強をどのようにしたのかはあまり覚えていません。一緒に歌を歌ったり、Sさんのこれまでの思い出話をみんなで聞いたり。単調になりかけていた職場にあって、これはアクセントとなりました。
でも、もっと良い思い出を残せなかったのは今から思うとちょっと残念でした。
2007年09月16日
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