2009年06月19日

盲福研の歩み その5 「点字教室」

 「障害」について、もっと多くの人たちと考え会い・一緒に行動できる仲間を増やしていきたい。
 そうした思いの中から考え出したのが「点字教室」。視覚障害者と点字というのは一般市民の人にとっては最も分かりやすい接点。
 そのころ、点字の学習は施設が点訳者を養成するために独自で行っていたり、ボランティアグループが通信学習として取り組んでいる所はあったが、一般の人に直接点字講習をしているという所はなかった。

 1971年の春。
、「毎水曜日の午後6時から8時まで、ライトハウスにおいて点字を教えます」という内容で募集にかかった。しかし、なかなか希望者か現れない。気にしつつ日が流れる中、自宅に「点字を教えてもらいたいのですが」と30代の男性が訪問してきた。 「きたあ!」と、喜び勇んで点字版を持ち出して1時間近く概要について説明したことを思い出す。
 この受講者第1号のNさん、点字学習の受講者としても熱心であったが、教室が終わってから、私の自宅までよく車で送ってもらったものである。
 その車中いろいろ話をしたが、「点字講習会も行政のバックアップも得てもっと広く市民に呼びかけていけたら良いなあ」という私の思いに同感され、「それなら、私の知り合いの市会議員がいるから紹介する」と言われ、数日後、そのお宅に一緒に出向くことになった。
 座敷に通されて「どういうことですか?」と切り出されても、当時はなかなか順序立てて話を組み立てることはできなかったし、理解してもらえたかどうかは疑問である。
 しかし、我々が訪問したことが直接の要因になったのではないにしても、それからまもなく、施設や当事者団体への委託事業として、市の点訳講習会が開催されるようになった。
 点字教室は、近くのB大の学生などを含め、毎週一人や二人の新人が訪れるようになった。 点字を教えだして、今までの自分の点字は何といい加減なものであったかをまず思い知った。 確かに「点字使用者」ではあったが、だからといって正確な点字が書けた訳ではない。一応「教える」という立場になって自分自身点字の初歩から勉強するようになった。
 点字は表音文字であり、かなの羅列であって、その切れ続きで日本語としての意味合いを持たせるようになっている。文法的なルールによって文節を分けるようになっている。これが教える側・受講する側にとっても一つの興味となっている。
 1年間を経て教室を訪れる人は50人を越えるまでになった。しかし、一度だけ来て顔を出さなくなる人。50音は覚えたが、さてこれから文章書きのルールを教えだそうとしたときに足が遠ざかってしまう人、など新陳代謝も激しかった。
 2年・3年経つ内に自分なりに点字についての知識、教える手順というのもちょっと分かりだし、先輩となった受講者の中にも指導できる人も幾人か現れて、教室は常に30人を越えて部屋がいっぱいになるにぎわいとなってきた。
posted by よろてん at 22:10| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ユニーズの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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