2009年06月16日

盲福研の歩み その4 「ひまあるかい」

 ボランティアのことや施設の運営など、それこそ研究会の名前さながらの理屈が先行する集まりの中、「もっとフランクに見える・見えないを越えて人と人とのふれ合いを増やしていける時間も作っていかねばならないのではないか」との思いがあり、そうした場の設定を企画していこうということになった。
 前にも書いたが、ハイキングなどのレクは奉仕団の友の会が主催して視覚障害者を招待するという形式で年数度開催されていた。
 それを我々は企画段階から一緒にやっていこうということでスタートした。まず、ネーミング。盲福研主催というのではいかにも堅い。こうした遊びの場では違った呼び名でやっていきたいが何かないか?
そこで出てきたのが「暇があったら出て来ない!」と呼びかける「ひまあるかい」。
 この「ひまあるかい」、スタートしてから何年かは毎月いろいろな企画を立てて出かけた。当時は視覚障害者のレクリエーションの内容・数ともに多くなかったことや、気楽にお互いが関わり合えることなどもあって、毎回30から50人の参加があった。
 春には北山へのハイキング、イチゴ狩り、盲人野球など。秋には、ボウリングや柿や葡萄などのくだものがりなど。夏には、Jくんの力添えもあって琵琶湖畔でキャンプも毎年した。キャンプファイヤーを囲んで歌にゲームに楽しんだときは「こんなことも一緒にできるようになったのだ」と感動したものだった。冬には、盲人卓球やスケートもした。
 特に視覚障害者だからといってサポートする側に事前に学習会をした訳でもなく、最小限の心配りについてオリエンテーションをした程度だったが、双方がそれなりの緊張感を持ちつつも楽しい時間を共有しあった。
 しかし、こういうときもあった。秋に飯ごう炊さんの計画があったが、晴眼者数名だけで下見に出かけていたことが分かったときには猛然と彼らに意義を唱えた。 「ひまあるかい」の趣旨が本当に分かっているのかと。そして、視覚障害者当事者の数名で「やっぱり現実には一体というのは難しいのだろうか?」と語り合ったものである。
 お料理教室をしたこともある。その中で、海苔巻きを晴眼者が切ってしまったことに、反省会のときに視覚障害者の方から「自分たちのできることまで取り上げないで欲しい」というクレームがついたことがある。それまで視覚障害者と接したことのない人にとっては包丁を使うような作業については見える者が変わってするのが「親切」と思っていたのだろう。
 手厳しい指摘を受けて晴眼者の方もたじろいだようである。しかし、こうした直接的なやり取りはこれまでにはおそらく無かったことだろう。見える・見えないというのがどういうことなのか?「ひまあるかい」の集まりの中で、実体験を通してお互い理解しあえた場面が幾つもあったことだろう。
posted by よろてん at 17:11| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ユニーズの歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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