年が変わって正月休み。
ベッド再度に立つと「おめでとう」と母の方から声がかかる。自発的に声をかけてくるのは久しぶり。
ガスが出そうだというので、トイレに誘導しかけるが、個室が狭く介助者がうまく入ることができないので見合わせる。廊下で以前同室者であった人にあって「また覗きに来てや」とお愛想の言葉さえ出る。
ミキサー食から刻み食へ変えてもらったというだけあって、棒鱈やカステラなど「卑しくなってなあ」などと言いつつ口に運んでいる。
1月であることは分かっているようだが、今日が何日であるかまでは分からない。見舞いに誰かが来てくれたことは何となく分かっているようだが、それが誰であるかは定かでない。
それでも食欲のせいか、「顔つき・目つきはしっかりしている」と父は満足そうである。
同室に新入室者があり、職員が「パジャマでなく病衣を使って欲しい」と言っている声が聞こえる。
近頃母も寒い・寒いを連発するが、裾のはだける着物を着せられている。おむつを換えるのに容易なように、こうした病衣を使っているのだろうが、まさに「スル側の論理」で、患者に苦痛を与えている。
1月も終わりのころ。「餅が食べたい!」と口ぐせのようにいっている母に、ワラビ餅を持っていくが、それを口にしながらも「やっぱりほんまもんの餅がええなあ」と言う。
ペンを持たせて「何か書いてみたら」と促しつつも、また余計なことを書かれても困ると考え、「東風ふかば…」と書くようにいったら、案外しっかり書き留めたようだ。
テレビも頭の体操にもなるので透析に出ているような時にみたら!と言ってみるが、「見る気にもならないし、見せてもくれない」と例の不満の一端が出る。
食事のとき、ベットの上部を起こしてもらって一応自力で食べているようだが、食べ終わるまではベッドを寝かせてくれないので、それが辛く早く箸をおくことになるという。
職員の動向に合わせて入院生活を送らねばならない所に、抱えている病状以外に追わされている負担があるのだろう。
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