盲導犬を伴って 地下鉄のコンコースを歩いていると、傍を通り過ぎたのであろうお母さんと低学年の子供の話す声が後ろから聞こえてきた。
「あの人目が見えないのにどうしてメガネかけてるの?」。距離がだんだん離れていくのでお母さんの応える内容は聞こえなかったが、振り向いて「それはね」と声をかけたい衝動にかられた。素朴な疑問であろう。お母さんは、どのように答えたのだろう。
川柳のラジオ番組で「メガネかけ、賢く見せても、あほはあほ」というような傑作があったが、多少はそうした思いもあるにせよ、主たる目的は、顔面強打に対する防御策なのである。メガネに加えて、私にとっては、庇がしっかりした野球帽のような帽子も外出時には必須である。
盲導犬と一緒に歩いていると、足元の段差や障害物については、しっかり知らせてくれる。しかし、胸より上の空間にまでは犬のチェック機能はなかなか働かない。
圧迫感を感じるほどの障害物については、避けることもできるが、道路の外まで伸びてきている庭木の枝や看板、トラックのミラーなど、想定外の所にあるものについては無防備となる。そうすると顔面に衝撃を受ける。顔面というのは出欠しやすくキス後も目立つ。
そこで、その防御策として帽子やメガネが必要となる。
近頃は、全盲だけでなく、多少見えている弱視の人でも盲導犬と歩く人がいる。その人たちは、まぶしさに弱かったり、残された視力をメガネによって少しでも引き出すための補助具として使っている場合もある。
人の行動や装着しているものについて、「おかしいな?」と思うことはいろいろあるのではなかろうか?しかし、それらは「知らない」から疑問に感じるもので、理由が分れば、納得もし、違和感なく受け止められるものが多いのではなかろうか。