ある依頼者のケース
他府県から入洛される視覚障がい者を「目の提供」でサポートするユニーズ京都のおこしやすの活動。依頼者の中には、車いすユーザーの視覚障がいのある方もおられる。
その方からの依頼が数週間前にあり、再び、依頼の申し出があった。
前回は、駅から宿舎への移動。ホテルから受診先の病院までタクシーで移動というものであって、今回も同じような申し込みであった。
依頼者は、申し込みのさいに、新幹線の改札口で待ち合せなど具体的な場所を窓口担当に申し出る。窓口担当は、担当のアイヘルパーが決まった段階で、その場所を伝え、実際に待ち合せ場所へ出かける数日前に、依頼者と担当アイヘルパーは直接電話などで待ち合せ場所の確認をする。
ところが、当日、窓口担当から私のところへ「依頼者さんから、待ち合せ場所にアイヘルパーが来ていないとの怒った電話が入りました」との連絡。聞いてみれば、JRの改札口ではなく、市営地下鉄のK駅で待っているとのこと。そんな変更は事前に窓口としては聞いていないとのこと。担当アイヘルパーに電話をしても通じないので、窓口担当は雨模様の中、自転車でK駅へ向かった。だが、既にそこには依頼者はおらず、ただただ連絡を待つしかない状態におちいる。待ち合せ時刻から3時間が経過し、不安が広がりを増すころ、「連絡が取れました」との窓口からの電話が入る。まずはほっとする。
聞いてみれば、担当アイヘルが、その日にかぎって携帯を所持せず出かけてしまった。どうして連絡をしてくれなかったのかと、思っていたが、その後のアイヘルパーからの報告書をみてみると、それどころではなかったのではないかと推察される。
発端は、待ち合せ場所の問題。一方的に依頼者はK駅で待ち合わせの約束をしたというが、担当アイヘルパーは全く聞いておらず、JRの改札口で待ったけれど、出て来られないので、もしかと地下鉄の改札に聞くと、車いすユーザーの方がK駅に向かったという。後追いするように情報を得ながら、やっとのことで依頼者と遭うことができた。待合場所の件について、「変わったようなことは聞いていない」と持ち出しても押し問答になるだけなので、「すみませんでした」と誤ったという。
それから、買い物に付き合い、その日の宿舎になっているホテルへ向かう。このホテルは従業員も少なく、従来はフロントでバトンタッチすることになっているが、手を貸す人も見当たらなかったことから部屋までサポートすることになる。依頼者は、「ビールとつまみも買って」と言い、それに応じたという。
会の活動に対して依頼者からは協力金というのをもらっているが、この日、アイヘルパーは誤ったこともあり、協力金については申し出ず、依頼者からも、そのことには触れなかったという。
この話は、この日だけに留まらない。
翌日、受診のためにタクシーで病院へ向かう。この依頼者の場合、少し見えており、どちらかというと車いす移動にさいして手伝ってもらうことが主であったようだ。
その依頼者から隣接の都市のボランティアグループを紹介して欲しいという申し出があると窓口から連絡があったので、JBOS(全国視覚障がい者外出支援連絡会)加入の2団体の連絡先を紹介した。
その情報を受け取って直ぐに電話をしたようだが、グループによっては曜日や時間の枠組みを決めて受け付けている。留守役をしている人は、その旨を伝えたが、一方的に怒って電話を切ったという(後日に知った)。
そこで、横にいるアイヘルパーに「FAXを送ってくれ」と頼んだが、これは枠外だと断ると、今度は隣接の都市まで同行してくれ、と言ったという。もとより各地域で関わっていると説明したと思うが。
こうした人を紹介してしまったことに、後から報告書をみて後悔する。
そもそもボランティアというのをどのように考えているのか?
協力金も、二日目には給金を払うような感じで手渡したという。
初回のときは男性アイヘルパーが関わったこともあって、それほど目立った問題はなかったようだが、女性アイヘルパーとなると何かと頼みやすくなるのだろうか。
こうしたケースを通して、「目の提供」というのはどこまでを意味するのか?
無償ボランティアを「使う」という感覚を持っている依頼者は、あんがいに多いのではないか。
会としての一定のルールと、その時々に対処しなければならないアイヘルパー個々の立ち居について、どの辺りまでを各人の裁量とみなすのか?
継続課題である。