2018年02月10日

ある依頼者のケース


  ある依頼者のケース
 他府県から入洛される視覚障がい者を「目の提供」でサポートするユニーズ京都のおこしやすの活動。依頼者の中には、車いすユーザーの視覚障がいのある方もおられる。
 その方からの依頼が数週間前にあり、再び、依頼の申し出があった。
 前回は、駅から宿舎への移動。ホテルから受診先の病院までタクシーで移動というものであって、今回も同じような申し込みであった。
 依頼者は、申し込みのさいに、新幹線の改札口で待ち合せなど具体的な場所を窓口担当に申し出る。窓口担当は、担当のアイヘルパーが決まった段階で、その場所を伝え、実際に待ち合せ場所へ出かける数日前に、依頼者と担当アイヘルパーは直接電話などで待ち合せ場所の確認をする。
 ところが、当日、窓口担当から私のところへ「依頼者さんから、待ち合せ場所にアイヘルパーが来ていないとの怒った電話が入りました」との連絡。聞いてみれば、JRの改札口ではなく、市営地下鉄のK駅で待っているとのこと。そんな変更は事前に窓口としては聞いていないとのこと。担当アイヘルパーに電話をしても通じないので、窓口担当は雨模様の中、自転車でK駅へ向かった。だが、既にそこには依頼者はおらず、ただただ連絡を待つしかない状態におちいる。待ち合せ時刻から3時間が経過し、不安が広がりを増すころ、「連絡が取れました」との窓口からの電話が入る。まずはほっとする。
 聞いてみれば、担当アイヘルが、その日にかぎって携帯を所持せず出かけてしまった。どうして連絡をしてくれなかったのかと、思っていたが、その後のアイヘルパーからの報告書をみてみると、それどころではなかったのではないかと推察される。
 発端は、待ち合せ場所の問題。一方的に依頼者はK駅で待ち合わせの約束をしたというが、担当アイヘルパーは全く聞いておらず、JRの改札口で待ったけれど、出て来られないので、もしかと地下鉄の改札に聞くと、車いすユーザーの方がK駅に向かったという。後追いするように情報を得ながら、やっとのことで依頼者と遭うことができた。待合場所の件について、「変わったようなことは聞いていない」と持ち出しても押し問答になるだけなので、「すみませんでした」と誤ったという。
 それから、買い物に付き合い、その日の宿舎になっているホテルへ向かう。このホテルは従業員も少なく、従来はフロントでバトンタッチすることになっているが、手を貸す人も見当たらなかったことから部屋までサポートすることになる。依頼者は、「ビールとつまみも買って」と言い、それに応じたという。
 会の活動に対して依頼者からは協力金というのをもらっているが、この日、アイヘルパーは誤ったこともあり、協力金については申し出ず、依頼者からも、そのことには触れなかったという。

 この話は、この日だけに留まらない。
 翌日、受診のためにタクシーで病院へ向かう。この依頼者の場合、少し見えており、どちらかというと車いす移動にさいして手伝ってもらうことが主であったようだ。
 その依頼者から隣接の都市のボランティアグループを紹介して欲しいという申し出があると窓口から連絡があったので、JBOS(全国視覚障がい者外出支援連絡会)加入の2団体の連絡先を紹介した。
その情報を受け取って直ぐに電話をしたようだが、グループによっては曜日や時間の枠組みを決めて受け付けている。留守役をしている人は、その旨を伝えたが、一方的に怒って電話を切ったという(後日に知った)。
そこで、横にいるアイヘルパーに「FAXを送ってくれ」と頼んだが、これは枠外だと断ると、今度は隣接の都市まで同行してくれ、と言ったという。もとより各地域で関わっていると説明したと思うが。

 こうした人を紹介してしまったことに、後から報告書をみて後悔する。
そもそもボランティアというのをどのように考えているのか?
協力金も、二日目には給金を払うような感じで手渡したという。
初回のときは男性アイヘルパーが関わったこともあって、それほど目立った問題はなかったようだが、女性アイヘルパーとなると何かと頼みやすくなるのだろうか。
こうしたケースを通して、「目の提供」というのはどこまでを意味するのか?
無償ボランティアを「使う」という感覚を持っている依頼者は、あんがいに多いのではないか。

会としての一定のルールと、その時々に対処しなければならないアイヘルパー個々の立ち居について、どの辺りまでを各人の裁量とみなすのか?
継続課題である。
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2018年01月16日

生徒からの感想

生徒からの感想

 年末に、視覚障がい者のこと、盲導犬のことを中心にお話をするために某小学校へ出かけてきましたが、生徒たちの感想が送られてきました。

・僕は目が不自由だったらつらいことばかりだと思っていたけれど,目の不自由な人のために色々な工夫があり,つらいことばかりではないことを知りました。
・目が不自由な人でも卓球や野球などいろいろなスポーツができるということがとても意外でした。
・目が見えないのに自分で盲導犬のお世話をしているのですごいと思いました。
・目の不自由な人は白杖を使って2歩前の場所をかくにんできることを知りました。
・音の出る信号が,目の不自由な人のために,方角や,青や赤になったことを知らせていることが優しくて心に残りました。
・友達がアイマスクをして一緒に歩いた時,本当に何もわかってなかったので目の不自由な人が道を覚えて歩くことが大変だとわかりました。
・アイマスクをして歩いているときに,いすに当たったりしてすごくこわかったので目の不自由な人もそんな気持ちなのかなと思いました。
・目の不自由な中,ふつうに生活しているところがすごいと思いました。
・盲導犬は階段とか細い道でも通れるところを探して目の不自由な人を案内したり,階段だとわかると先に一段上って合図したりするのがすごいと思いました。
・いつも何もないところに車がとめてあったり自転車がとめてあったり,置いてあったものが突然違う場所にあったりするととても困ることがわかりました。
・もし目の不自由な人に出会ったら電車の駅で券売機の場所が分からず困っていたら案内します。
・電車のホームではホームから落ちないように声をかけたいです。
・スーパーでは欲しい商品を聞いてその商品を手渡します。
・バス停では乗りたいバスを聞き,来たら「来ましたよ」と伝えます。
・信号機の前では信号の色が変わったら知らせます。信号では「今はわたれますよ。」と伝えます。
音が鳴らない信号で,もし,赤なのにわたろうとしていたら「まだ赤ですよ」と声をかけます。
・スーパーで「買いたいものは何ですか」と声をかけて,一緒に商品を探したいです。
・自転車に乗っている人や,歩きスマホをしている人に「気をつけてください」と呼びかけます。
・つえに自転車がぶつかって,つえが折れてしまうことがあるそうなのでつえに当たらないよう気をつけます。
・階段では「そこに階段がありますよ」と声をかけます。
・エレベーターに乗るときは「エレベーターがきましたよ」と声をかけます。
エレベーターでは「何回に行きますか」と聞きます。
エレベーターで何回に行きたいのかが分かったらボタンをおします。
・点字ブロックに物が置いてあるときは前に早く行って物をどかします。
・どこに何があるかわからないときは,ある場所を教えたいです。
・電車の中では,空いている席を教えます。
・列の最後が分からなかったら,列の最後や列の位置などを教えます。

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2017年12月07日

生徒からの質問 その3

生徒からの質問 その3



 子供の関心事は何と言っても盲導犬である。



質問・盲導犬に餌をあげるのは誰ですか。

・盲導犬のお風呂,トイレ,ごはんなど,世話の仕方を教えてください。



犬に関するケアは使用する視覚障がい者がおこなう。

シャンプーなどは、毛を乾かせるのに相当労力がいり、年齢とともに足腰が痛くなってきたので月1回程度シャンプー屋さんに御願いしている。

原則として食事や排せつは時間を決め、フードの量も決まっている。





質問・どうやって盲導犬に道を教えてもらっているのですか。

・初めて行く場所は,盲導犬も道を知らないと思いますが,どうやって辿り

着くのですか?

・盲導犬がいたら行きたい場所に必ず行けますか。



といったふうに、まだまだスーパードッグと想われている向きがある。

行き先は、視覚障がい者が頭の中でイメージしておいて、そのつどタイムリーに支持をだす。この指示があいまいだと盲導犬もとまどってしまって、ときにパニックをおこしかねない。

何度か使っているようなルートでは、「バス停」「ポスト」「ドア」などと指示すると、そこへ導いてくれる。

 私が助かっているのは外出先でのトイレである。駅やショッピング街だとかなり奥深い所までいかないと小便器に辿りつかない。そんなとき「トイレ・トイレ」と小声で言いながら歩んでいくと、ほぼその近くまで案内する。そこらへんになると「ここですよ」と便器の前に立たせてくれる人もある。用を終えて出口へ向かうのが何の問題もなくできることは大助かりだ。





質問・盲導犬と介助犬の違いは何ですか。



盲導犬の他に、電話やインターフォーンがなったときなど、聴覚障碍者に知らせる聴導犬。冷蔵庫を開けたり、新聞を持ってきたりなど、手足の不自由な人を介助する犬。こうした犬を補助犬といっている。





質問・盲導犬は病気にかからないのですか。



他の犬と同様、皮膚や内臓、その他の原因で病気になることがある。

獣医にかかることが多い使用者は経費負担も大きくなる。

こうした内容についてまでは子供たちには話していない。

10歳くらいになうと股関節が弱って来て階段の昇降やバスのステップが乗り降りしづらくなってきて、リタイアする。その後は、リタイアボランティアさんに預ってもらって余生を過ごす。





まだまだ、質問はあって、後日、今回のお話の感想文をよせてもらうことになっているが、その中にも追加の質問が多く出て来ることだろう。
posted by よろてん at 20:23| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

生徒からの質問 その2

生徒からの質問 その2



視覚障がい者全般についての問いかけもある。

※ 目が見えなくてもできることはありますか?

この問いかけに対する回答はなかなか難しい!

眼以外の感覚や手足は使えるので生活上で特に困ることはない、と言ってしまっても分かってもらえないだろう。

食事や洗面、慣れている所なら自由に行動することもできる。

それなりのバックアップがあれば、見えている人と一緒に学校で勉強したり、仕事をしていくこともできる。



※ バスの時刻表などはどうして分かるのですか?

近くにいる人に教えてもらうのが手っ取り早いが、点字の時刻表を作ったり、パソコンやスマホを上手に使う人は音声ガイドを使って検索す

る。



※ 見えなくてもスポーツをしますか?

野球・卓球・バレーなどの音を便りにできる競技が幾つもあり、山登りや水泳を楽しむ人も多くいる。



※ 自分でどうしてもできないことがあったらどうしますか?

家族に頼んだり、知り合いやご近所の方に目を貸してもらうようにする。特に読み書きや知らない所へ出かけるような時にはボランティアやヘ

ルパーに御願いすることがある。



※ 目が不自由な人のために私たちができることはどんなことですか?

この日のまとめにもなるような問いかけだ。

町中で視覚障がい者に出会ったとき、何か困っておられるような様子だったら、「何かお手伝いすることがありますか?」と尋ねてみて、「大丈

夫」ということであれば、少し見守るようにする。

横断歩道では、信号の色が変わった時「青になりました」などの声かけやバスを待っておられる人には「何号系統が来ましたよ」と伝え、乗り

物の中では空席などがあれば、座られるかどうかを聞いてみて、座られるということであれば、そこまで案内する。駅ホームなどで列に並ぼうと

しておられるようなら最後尾が何処であるかを伝え誘導する。



さて、限られた時間の中で、どこまで子供たちに分かるように伝えられるか?

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2017年11月21日

生徒からの質問

生徒からの質問 その1 「暇ではないですか?」



 12月初旬に、某小学校の4年生に視覚障がい者のことや盲導犬のことについて話をするために出かける。一昨年にも出かけたことがあるが、そのときに担当されていた先生が今年また4年生担当となって実現したものだ。



事前に、先生との間でいろいろ相談させてもらっている。私への申し出があったさいに「盲導犬のことについて」という題名であったので、私の方から「見えない・見えにくい人に対する学習」というテーマに変えてもらった。



 まず、生徒たちから「私に尋ねてみたいこと」をまとめてもらい、それを送ってもらった。その問いの一つひとつは子供たちの率直な疑問であるとともに、おそらく多くの大人たちも同じように感じられているのではなかろうか?

その内容は、私個人への質問、視覚障がい者のこと、盲導犬について、いろんな問いかけがある。



 私個人への質問の中から幾つかを紹介する。

※ 一人で歩いたことはありますか?



ここでの回答としては、白杖や盲導犬を使えば屋外での一人歩きができること。慣れた場所なら、自由に移動できることも伝えられるだろう。



※ 目が見えないと、視界は黒ですか?



説明として、私の場合は左右とも全盲なのだが、右目は、白も黒も全くその感覚がない。いわば0の状態である。左目は、ベージュのような瞼を閉じたような感覚が存在している。少なくとも、黒の状態ではない。これは、先天盲と途中失明者によっても違うかもしれない。少なくとも光を感じる人は真っ暗ではない。

「見えない」といっても一人ひとりみんな違った状態であることを説明したい。



※ 眼が見えないと暇ではないですか?



これは率直な問いで、思わず苦笑してしまったが、見えなかったら何もできず、何もすることがないので、「ひまではないか」と考えたのであろう。

たしかに、視覚障がい者は情報を目から得ることができないという不自由さは伝えていかねばならないけれど、毎日をパワフルに過ごしている人が多いことも紹介していきたい。私の日常についても少し触れてみたい。
posted by よろてん at 11:43| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

視覚障がい者と囲碁

視覚障がい者と囲碁  「点や線と面」

 囲碁の話の続きになるが、私が視覚障がい者の囲碁の集まりに参加させてもらったのは2年半前になる。

視覚障がい者用の碁盤は何十年も前から持っていたが、五目並べをした記憶がある程度で、囲碁は「あたり!」といって囲むことくらいしか知らない状態だった。

 始め出してみたものの月数回のみの集まりでは初心者として学んでいくにはしんどいものがある。点字図書館から囲碁に関する点字書や録音図書を借りようと検索してみるが、本当に数少ない参考書しかない。

そこで、自分にあった程度の参考書を対面朗読してもらおうと考え、点字図書館の担当の方に、「碁の本を読んでもらいたい」と申し出た。「今のところ、そうした物に対応してもらえそうなボランティアはおられません」という返答だった。「どんなジャンルにも対応できるのが情報提供者としてあるべき姿ではないのか」と、踏ん張ってみた。

結果、館内に「囲碁の本を読んでくださる方」という募集チラシを貼りだして呼びかけてくださった。図書館のボランティアをしておられる方が、そのチラシをみてご主人に「囲碁をやっているのだから、本を読んであげたら」と声かけしてくださって、その後、その方が関わってくださることになり、今日までほぼ月2回、詰碁の本を読んでもらい、ときには碁盤に石をおいて説明してもらっている。

 併せて、やはり対局をしないと上達はしないだろうと、上手の人に御願いしメールのやり取りで対戦を御願いしている。メールでのメリットは、石の場所をしっかり把握できること。実際に向かい合っての対戦では、相手が打ってきた場所に指をもっていって、その周りを重点的に見ることになる。しかし、目で碁盤全体が見えている人は、白黒の配置の状況が一目で分かる。我々視覚障がい者が「点や線」として見ているのに対し、見えている人は「面」として見ることができる。この差は、囲碁のみなあらず生活場面全体を通して日常的に感じるところである。



 メールでやり取りしていると、次の手をゆっくり考えることができるが、どうかすると、夜間目が覚めてしまったときなど、次に打つ手を頭に浮かべてしまって眠れなくなってしまうこともある。過去に対戦したやり取りがメールで残っているので「よくこんな悪手を打っていたものだ」と自己反省することもできる。

 囲碁を通して、いろいろな楽しみ方を考えたり、自分の思い込みの考えと、それに対応する他者の受け止め方など、人生観にも通じるものを感じさせられている。
posted by よろてん at 11:00| 京都 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

声かけ

声かけ
 ご近所の方との囲碁の話の続きになるが、ぽかぽか茶屋へ来られている方々とも声を掛け合うようになり、その時々に、盲導犬のことについて問われるままに説明したり、視覚障がい者も、いろいろ工夫しながら日常生活を送ったり、ゲームなども楽しんでいることを紹介していう。

 Nさんの他に、Sさんにも詰碁などで丁寧に説明してもらっている。
どうしても、有段者になると、「これくらいは分かるだろう」という前提で「こう撃つと次にこう受けて」と、ポンポンと石を置いて行かれるので、そのときは分ったつもりになって聴いているが、後ではんすうしてみると、「どうだったかなあ」と想ってしまうこともしばしば。その点、Sさんは、分かるまで手順を振り返りながら石の並びを確認させてくださるので分かりやすく心強い。

 ある日、バスに乗車したさい、ぽんと肩を叩かれて、一瞬びくりとする。「囲碁のんSです」と声がかかる。なにかしらうれしい気持ちになる。
後日談として、Sさんから、これまでにも何度か見かけたことはあるが、今回は、思わず声をかけてしまったとのこと。
 ぽかぽか茶屋でお会いした他の人たちからも、散歩しているときなどに声をかけてもらうようになった。これまでは見かけていたけれど、どう声をかけて良い物か分からず、見ているだけだったと言われる。

 そんな話の中で、一言加える。
 視覚障がい者としてご近所の方から声をかけてもらう場合、一番有難いのは・まず、私の名前を呼んでから、ご自分のお名前を告げてもらえると助かる。
 こんなこともある。「おはようございます」という声かあったので応じようとしたが、どうも雰囲気がおかしい。私の近くにおられる人に話しかけておられるようにも感じるが、よく分からないので中途半端な会釈を返すことになる。あるときには、スマホに向かって挨拶されている人に反応しかけたこともある。

 近頃は、街中で声掛けしてくださる人も増えてきた。
この場合、「大丈夫ですか?」と声掛けしてもらう事が多いが、こんなとき、思わず「大丈夫です」と反応してしまいがちだ。
「何かお手伝いすることがありますか?」と言ってもらえると、必要がある場合には、その内容を申し伝えることができる。

 「地域の中で一緒にくらす」、ぽかぽか茶屋の目的を実感として味わさせてもらっているこの頃である。
posted by よろてん at 22:47| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

ご近所の方と囲碁を楽しむ

ご近所の方と囲碁を楽しむ



今年の5月からご近所の方と囲碁を楽しむようになる。

自宅から歩いて数分の所に「町の縁側・ぽかぽか茶屋」(https://www.facebook.com/まちの縁側-ぽかぽか茶屋-1041788412564724/)という地域の方々が自由に集える茶屋ができた。

 お近くに囲碁をされるNさんがおられるとは知っていたが、まだお声も聞いたことのない人で、こちらは視覚障がい者用の9路盤を使い、やり始めて年月も浅い状態。なかなか「お手合わせを御願いできますか?」とも申し出られずにいた。

 Nさんは、コーヒーがお好きで度々茶屋へ出かけておられるとのこと。また学区の子供たちに囲碁や将棋も教えておられるということで、茶屋の主Mさんに、囲碁の相手になってもらえるか打診してもらった。「良いですよ」ということで、視覚障がい者用の碁盤と石を背負って盲導犬と一緒に出掛ける。茶屋は、それまで住宅として使われていたところをリニューアルして使っておられるので靴を脱いで上がる必要がある。犬の足を拭いて上がり、隅の方にマットをひかせてもらって、そこにダウンさせる。いくらおとなしくしているにせよ、家では、「うわー!すごい抜け毛」と見えているものからすれば思わず声が出てしまう状況。何時もお世話をかけてしまっていることだろう。

 Nさんも最初はどのようにすれば良いのかと多少戸惑われたようでもあったが、「左から右の方へ縦線を1・2・3と言ってもらい、上から下へ横線を1・2・3と言ってもらって、例えば6・3というように言ってもらうことで石を打たれた場所が分かる」と説明させてもらうと、直ぐに声を出して対応していただき、ライトハウスなどで行っているのと変わらぬ流れで手順を進めていくことができた。

 視覚障がい者の囲碁は、石が動かぬように碁盤に穴をあけて、そこへ差し込むものや、石が動かぬように凹ませた盤上に白黒の石をはめ込んでいくというようなものもある。

白黒の区別は、つるつるやざらざら・ポツなどの触覚の違いで見極められるようになっている。

 Nさんとは、「9路盤はちょっと従来のものとは感覚が違う」ということで、13路盤でお相手してもらっている。19路盤の穴の開いた盤は持っていたので、13路盤になるよう、家人に、ボール紙や幅広のゴムバンドを使って13路盤移行との境が分かるようなものを作ってもらった。左手にハーネスを右手に碁盤を抱えて週1回お手合わせしてもらっている。
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2017年11月05日

盲導犬には声をかけないで、ユーザーには声をかけて!

盲導犬には声をかけないで、ユーザーには声をかけて!



毎年10月最後の日曜日に、ライトハウス祭りが京都ライトハウス全館を使って開催されている。

 各コーナーで様々な催しがある中、京都ハーネスの会も毎年来館者に、直接に盲導犬ユーザーに日ごろ聞きたいことを質問してもらったり、視覚障がい者には盲導犬体験歩行をしてもらうようにしている。

 今年も、視覚障がい者・晴眼者を含め、成人49名・高校生7名・中学生4名・小学生8名・幼児

10名が訪れた。

 小学生を含め、学生たちには「これまでに盲導犬や視覚障がい者に関するお話を聞いたことがありますか?」と尋ねてみると、「有る」という返答が多く、「どんなことが印象的ですか?」と尋ねると「盲導犬には触ってはいけない」 「盲導犬に声をかけてはいけない」というのがほとんど。実際に盲導犬ユーザーがお話をするときにも、そのことを最も伝えたかったのかどうかは分からないが、聞いている側にしてみたら「触ってはいけないんだ」という残念さが心に残るのではなかろうか。

 仕事中の盲導犬に声をかけたり触ったりすると、集中力がなくなるから、という説明を覚えている人もいる。

 我々盲導犬ユーザーと聞き手の来館者の間で、盲導犬たちはおとなしくダウンしている。

「触ったらいけないのですよね」とおそるおそる聞かれて、「今はリラックスしているから少しくらい良いですよ。でも、他のユーザーの方はどうか分りませんから黙って触るようなことはしないように、今日は特別ということで」というと、うれしそうに遠慮がちに手を出してくる。本当のところ、犬自信はあまり歓迎していないだろうと推察する。家に帰ってから何となく疲れたような様子を感じる。

我々ユーザーとしては、日ごろ街中で困っているときに声をかけてもらえたら、どんなにか助かる、というようなことを訴えるのだが、訪れた人たちは「盲導犬に触れることができた!」ということだけを印象として持ち帰られるのかもしれない。

 盲導犬ユニットに対する啓発活動の難しさを常々感じる。

 盲導犬のハーネスバッグには「お仕事中」という表示がある。犬が集中して仕事をしているから声をかけてはいけない!と、一般の人は理解している。盲導犬ユニットにとって周囲の人たちの目は、そして、主役はと言えば、「盲導犬」である。「声をかけてはいけない」というフレーズが、あまりにも強く一人歩きしている中で、「視覚障がい者には声をかけてください」という本来の強い訴えが、一般の人たちの中に発想の転換として伝わっていくだろうか?
お出かけ.JPG
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2017年11月03日

日常用具での経済的損失

  日常用具での経済的損失

 前日の続きになるが、電子電磁は、結局部品の一部に不具合があり取り替えねばならないということで幾らかかるかと問うと2万円ほどかかるという。ならば新しい物に買い替えようということで、そのメーカーに「音声ガイドするものはあるか?」と尋ねると「新機種にはそのようなものはない」という。調べてみると他者の物の中には「音声ガイド付」のものはあるが、値が高い。

 そもそも我々が使う音声対応のものは一般に販売されているものよりも高い。

 私の1日の生活の中で、音声ガイドで使っているものとして、電波時計・体重計・血圧計・ガスストーブ・エアコン用リモコン・気温湿度計・パソコン用読み上げソフト・ガス給湯器などがある。他にも生活用品は様々あるが、音声ガイドなどないものが多い。見えない・見えにくいことから、音声付だけでなく、使い勝手の良いものを選ぼうとすると、値段にこだわることができなくなるものがある。

 「見えないことから来る経済的損失」というのが、こうした場面にも生じている。

 一部のものについては、日常生活用具給付等事業として給付対象となっているものもあるが、限られた範囲内である。

iPhoneは、その点、VoiceOverという読み上げ機能を最初から搭載しており、誰にでも使えるようにと最初から考えられている。

 企業には、こうした誰にでも使いやすいいわゆる「ユニバーサル」な商品作りに取り組んでもらいたいものだ。
posted by よろてん at 22:09| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする