ちょうど1年前、鼻の手術をしてもらうために通院していた総合病院で、盲導犬受け入れについて担当者と話し合ったことが、いまとなっては懐かしく思い出される。
「入院するのに犬も一緒に」という話をした時は、かなりとまどった雰囲気が感じ取れた。結果としては、あの狭い個室の中で1週間、ユニスをとじ込めておかず訓練センターで預かってもらったことで良かったのだが…。
退院後、何度か診察にも出かけ、検査のための院内移動も何度かユニスと一緒に行ったが、診察室の中でも、待合室でも、皆が皆、好意的に受け止めてくださる。
院内だからという問題は全く感じ取れない。医師やスタッフもにこやかに対応してくれる。やはりユニスの穏やかな表情が見る人にこうした気持ちを起こさせ、診察を受ける当人よりも、むしろ我慢強くじっと足下で動くこともなく待っている姿を見て「かしこいねえ!」言わせてしまうのも納得!
やれやれ長く待たされたけれどユニスは賢くしてくれていたし、と近くの店に昼食を取ろうとドアを開けると、「盲導犬はちょっと!」と店主が前に立ちふさがりかける。「えっ!盲導犬を入れないの!」と、予想をしなかった場面に遭遇したような声を出してしまう。「他のお客様が…」と、例の受け答えが始まる。入り口近くのテーブルに一応落ち着いたものの気が収まらず「補助犬法って知ってますか?」などと自分でもちょっと気色ばんだ話し方をしているな、と思いつつ言葉を交わす。最後にはテーブルの下でおとなしくしているユニスを見て「これなら大丈夫」と思ったことだろう。全てはいろんな意味で「知らない」ことから来る無理解である。
そのことがあって1週間。今度はタクシーの乗車拒否。これにも驚いた。京都駅のタクシー乗り場。アイヘルパー講座でタクシーの乗降練習もしておこうと受講者に交じって私とユニスも乗り込もうとした。「盲導犬は駄目のサインを出している」と傍の人がいう。ここでも思わず「拒否するの?拒否するのやなあ」と大きな声を出している。考えてみれば列を作って待っている人もあったのだ。その時は、その情景が頭から消えてしまっていた。声を出すのは当然と受け止めてくださった人もあるかもしれないが、一方では「やっぱり障害者には変な関わり方をするとこわそうや」という印象を与えてしまったかもしれない。「その車の社名とナンバーを見て記録しておいて」と傍にいる人に頼んだ。これを盲導犬協会を介して指導してもらおうと連絡をしたのだが、JR西日本のタクシーはない」とのこと。
この運転手にしても個人的なレベルで拒否したのだろう。
先の店主にしても同様であるが、この「拒否」という行為が社会的にどういうものであるかを知ってもらう啓発活動が必要だ。
それは、「盲導犬は賢いことをイメージづける従来の啓発活動でなしえるものではない。
2008年08月05日
2008年07月30日
犬の治療費
ユニスが頭を横に気ぜわしく振り出すと「ああ耳が汚れているのでは」と気づく。
数日前にシャンプーをしたがその後の耳掃除が十分で無かったこともあろうかと、獣医へ出かける。
さほど込んでいるわけではないが何かしら随分長く待たされる。
近頃は大病院へいっても一応の予約の時間があってそうそう長くは待たされない。
いつも感じるのだが、こうして長く待たす側の者はお客である待っている側のことをどのように考えているのだろうか?ある程度予約制にして、その治療の内容の予測からだいたいの時間分けをすれば、1時間近くも待たされることはなかろう。
治療する側とされる側で一方的に力関係を作ってしまっている。
仕事をしている者であれば1時間というのは大きな損失である。
そこへ、治療代というのが馬鹿高い。
自由診療であるから客は選ぶ自由があると言われるかもしれないが、だいたいの相場は業界で作っているのだろう。
ほんの10分もかかるかかからぬ耳の治療と診察台で3療を営む人が、1時間手を動きとおして汗をかいた治療費と代わらぬくらいする。
加えて、薬代が「なぜ!」と思うくらい高い。噂によれば、ある薬などは原価の10倍ほどで手渡していると聴く。
盲導犬に対しては獣医によって対応も様々である。ユニスの場合は一応半額にしてもらっている。とはいえ、その額でも十分懐には答える。
昨今のように経済的弱者が増えてくれば治療してやりたいと思っても獣医に安易にかかれぬ飼い主が増えるのではなかろうか?盲導犬もしかりである。
我々京都ハーネスの会では安心して盲導犬と一緒に生活がしていけるように行政に働きかけて医療費の助成などを求める活動もしていきたいと考えている。
1日の生活費にも困っている人が増えつつある中で、その日当よりも高い治療費を支払って犬猫を飼っている人。
何処か何かちょっと違うのじゃないか。
数日前にシャンプーをしたがその後の耳掃除が十分で無かったこともあろうかと、獣医へ出かける。
さほど込んでいるわけではないが何かしら随分長く待たされる。
近頃は大病院へいっても一応の予約の時間があってそうそう長くは待たされない。
いつも感じるのだが、こうして長く待たす側の者はお客である待っている側のことをどのように考えているのだろうか?ある程度予約制にして、その治療の内容の予測からだいたいの時間分けをすれば、1時間近くも待たされることはなかろう。
治療する側とされる側で一方的に力関係を作ってしまっている。
仕事をしている者であれば1時間というのは大きな損失である。
そこへ、治療代というのが馬鹿高い。
自由診療であるから客は選ぶ自由があると言われるかもしれないが、だいたいの相場は業界で作っているのだろう。
ほんの10分もかかるかかからぬ耳の治療と診察台で3療を営む人が、1時間手を動きとおして汗をかいた治療費と代わらぬくらいする。
加えて、薬代が「なぜ!」と思うくらい高い。噂によれば、ある薬などは原価の10倍ほどで手渡していると聴く。
盲導犬に対しては獣医によって対応も様々である。ユニスの場合は一応半額にしてもらっている。とはいえ、その額でも十分懐には答える。
昨今のように経済的弱者が増えてくれば治療してやりたいと思っても獣医に安易にかかれぬ飼い主が増えるのではなかろうか?盲導犬もしかりである。
我々京都ハーネスの会では安心して盲導犬と一緒に生活がしていけるように行政に働きかけて医療費の助成などを求める活動もしていきたいと考えている。
1日の生活費にも困っている人が増えつつある中で、その日当よりも高い治療費を支払って犬猫を飼っている人。
何処か何かちょっと違うのじゃないか。
2008年07月15日
これで市民に優しい市バスなの?
系統によっても違うのかもしれないが、近頃はめっきり乗り合わせる市バスは低床のものが多くなった。
この形態が車椅子を利用される当事者にとって本当に乗りやすいものかどうか?
車椅子を使用しない足腰の弱い人たちや我々視覚障害者、特に盲導犬ユーザーにとっては決して使いがっての良いものとはいえない。
その一つは、座席の位置関係が不揃いで空席を探すのにも苦労する。以前の市バスは左側は二人がけ、右側は一人がけの座席が整然と並んでいて、入り口からゆっくり前方に歩みながら軽く座っておられる人の肩を後ろから撫でるように進んでいくと、ときに肩に触れない所もあり、その背もたれに手を触れることで座席探しもできた。
ところが、その内、ベンチ式の座席など、いろいろなパターンが現れるようになった。
そして、低床車になると、乗り口は中央になり、後ろの方へ行こうとすると段があり、また、前方から人の肩に触れて歩くというようなこともできず、立っている場所も狭くて全体的な状況が見えない者にとってはなかなか足を踏み入れにくい空間となった。また、足腰の弱い人にとっても決して安心できる床面でないことも推察できる。
前方に行こうとするとタイヤの上にどんと乗り上げた座席がある。こんな所に老人が上がることは危険でもある。実際に座ってみても乱暴なブレーキやハンドルさばきがあろうものなら転げ落ちてしまいそうである。
盲導犬ユーザーにとっては犬を伏せさせておくスペースがないことが悩みである。以前の座席であれば椅子の下に空間があったので足下に伏せさせて後ろに座った人に尻尾が出てすみませんね」などと笑っていえたものである。しかし、今は椅子の下はふさがっており、前向きの座席に座っているときはその座席の横に平行にダウンさせる。低い椅子に座っている時は混んできたらハーネスをもって引き寄せたりして一応のコントロールができる。しかし、高い座席に座るとリードだけが頼りで下に伏せている犬の状態をしっかり確認できない。
乗口を入った左側にあるベンチ式の椅子は結果的によく使う所となっているが、30kg以上あり、足もそれなりに長いユニスの体格では、いかに小さく伏せようとしても横に座っておられるひとの前まで手足がいってしまう。座席と直角に伏せさせると乗ってこられた人と出くわしてしまうことにもなる。
これまで「キャン!」と声を発したことがなかったので実際に痛い目にあっているのかどうかはさだかでないが、この前、白杖使用者が乗り合わせて来られた時に思わずワン」と小さく泣いた。まあ全く無防備な彼にとって今後の薬になるかもと。
車椅子使用者が公的交通機関を自由に使えることは市民の認めるところである。
しかし、今の車両はあまりにも使い勝手の悪い構造になっている。市バスの利用者は学生もあろうが、敬老乗車券をお持ちの人たちの外出の足にもなっているはずだ。こうした人たちへの心配りをどのように考えているのだろうか?
もっとユニバーサルな構造を当事者の声も十分取り入れながら考えていって欲しい。
いくらか床面が低くなろうと降り口から下車したさいに、車と歩道の間の車道の所に足が落ちてしまうことがしばしばある。ソフト面の配慮も必要だ。
この形態が車椅子を利用される当事者にとって本当に乗りやすいものかどうか?
車椅子を使用しない足腰の弱い人たちや我々視覚障害者、特に盲導犬ユーザーにとっては決して使いがっての良いものとはいえない。
その一つは、座席の位置関係が不揃いで空席を探すのにも苦労する。以前の市バスは左側は二人がけ、右側は一人がけの座席が整然と並んでいて、入り口からゆっくり前方に歩みながら軽く座っておられる人の肩を後ろから撫でるように進んでいくと、ときに肩に触れない所もあり、その背もたれに手を触れることで座席探しもできた。
ところが、その内、ベンチ式の座席など、いろいろなパターンが現れるようになった。
そして、低床車になると、乗り口は中央になり、後ろの方へ行こうとすると段があり、また、前方から人の肩に触れて歩くというようなこともできず、立っている場所も狭くて全体的な状況が見えない者にとってはなかなか足を踏み入れにくい空間となった。また、足腰の弱い人にとっても決して安心できる床面でないことも推察できる。
前方に行こうとするとタイヤの上にどんと乗り上げた座席がある。こんな所に老人が上がることは危険でもある。実際に座ってみても乱暴なブレーキやハンドルさばきがあろうものなら転げ落ちてしまいそうである。
盲導犬ユーザーにとっては犬を伏せさせておくスペースがないことが悩みである。以前の座席であれば椅子の下に空間があったので足下に伏せさせて後ろに座った人に尻尾が出てすみませんね」などと笑っていえたものである。しかし、今は椅子の下はふさがっており、前向きの座席に座っているときはその座席の横に平行にダウンさせる。低い椅子に座っている時は混んできたらハーネスをもって引き寄せたりして一応のコントロールができる。しかし、高い座席に座るとリードだけが頼りで下に伏せている犬の状態をしっかり確認できない。
乗口を入った左側にあるベンチ式の椅子は結果的によく使う所となっているが、30kg以上あり、足もそれなりに長いユニスの体格では、いかに小さく伏せようとしても横に座っておられるひとの前まで手足がいってしまう。座席と直角に伏せさせると乗ってこられた人と出くわしてしまうことにもなる。
これまで「キャン!」と声を発したことがなかったので実際に痛い目にあっているのかどうかはさだかでないが、この前、白杖使用者が乗り合わせて来られた時に思わずワン」と小さく泣いた。まあ全く無防備な彼にとって今後の薬になるかもと。
車椅子使用者が公的交通機関を自由に使えることは市民の認めるところである。
しかし、今の車両はあまりにも使い勝手の悪い構造になっている。市バスの利用者は学生もあろうが、敬老乗車券をお持ちの人たちの外出の足にもなっているはずだ。こうした人たちへの心配りをどのように考えているのだろうか?
もっとユニバーサルな構造を当事者の声も十分取り入れながら考えていって欲しい。
いくらか床面が低くなろうと降り口から下車したさいに、車と歩道の間の車道の所に足が落ちてしまうことがしばしばある。ソフト面の配慮も必要だ。
2008年07月08日
アイヘルパー活動 3ヶ月を経て
ユニーズ「おこしやす京都」の活動も4月に始まり3ヶ月が過ぎた。
この間、アイヘルパーを使って入洛された利用者は12人、7日間になる。アイヘルパー派遣数は21件。その内、観光目的だけではなく、はり灸学会や研修目的で来られた人もある。活動時間はトータルで100時間に近づいている。
ちょっと以外だったのは利用者の男女比がほぼイーブンであること。
京都観光となれば女性が多いのではないかと単純に考えていた。
受け入れ側のアイヘルパーは2対8と圧倒的に女性が多く、同性のアイヘルを当てようとすると、どうしても特定のアイヘルさんにお願いしなければならないことになる。
加えて、利用日をみると土曜日12、日曜5、金曜と月曜がそれぞれ2と、土曜日に集中してしまった。まだまだ数の少ないアイヘルの人数の中で調整していかねばならないコーディネーターにも苦労をかけている。
当活動では、利用者・アイヘルパーそれぞれから活動報告書を提出してもらっている。ちょっと面倒かもしれないが利用者・アイヘル双方から丁寧な書き込みをしてもらっていることで、いろんなことが見えてくる。
アイヘルパーにとっては自らの活動の整理と新たな課題を見いだす手がかりとなる。
利用者からのご意見は、アイヘルへのアドバイスになったり、これから入洛される利用者さんへの情報提供にもなる。
実際に動き出してみると、案の定、予測していたことが現実のものとして現れたり、課題として対処していかねばならぬ事柄も見えてくる。
今、第2期アイヘルパー養成講座も実施している。現実にニーズが高いということは受講生にとっても励みになっている。第2期の受講生の方々が巣立ってくださったら秋の観光シーズンには多くの人を受け止められるようになると期待している。
入洛された利用者さんたちの声を十分に生かし、交通機関、神社仏閣、観光施設、宿泊施設などにもはたらきかけ、視覚障害者をしっかり受け止められる実質の伴う「観光都市・京都」に変えていくことも本活動の目的の一つである。
この間、アイヘルパーを使って入洛された利用者は12人、7日間になる。アイヘルパー派遣数は21件。その内、観光目的だけではなく、はり灸学会や研修目的で来られた人もある。活動時間はトータルで100時間に近づいている。
ちょっと以外だったのは利用者の男女比がほぼイーブンであること。
京都観光となれば女性が多いのではないかと単純に考えていた。
受け入れ側のアイヘルパーは2対8と圧倒的に女性が多く、同性のアイヘルを当てようとすると、どうしても特定のアイヘルさんにお願いしなければならないことになる。
加えて、利用日をみると土曜日12、日曜5、金曜と月曜がそれぞれ2と、土曜日に集中してしまった。まだまだ数の少ないアイヘルの人数の中で調整していかねばならないコーディネーターにも苦労をかけている。
当活動では、利用者・アイヘルパーそれぞれから活動報告書を提出してもらっている。ちょっと面倒かもしれないが利用者・アイヘル双方から丁寧な書き込みをしてもらっていることで、いろんなことが見えてくる。
アイヘルパーにとっては自らの活動の整理と新たな課題を見いだす手がかりとなる。
利用者からのご意見は、アイヘルへのアドバイスになったり、これから入洛される利用者さんへの情報提供にもなる。
実際に動き出してみると、案の定、予測していたことが現実のものとして現れたり、課題として対処していかねばならぬ事柄も見えてくる。
今、第2期アイヘルパー養成講座も実施している。現実にニーズが高いということは受講生にとっても励みになっている。第2期の受講生の方々が巣立ってくださったら秋の観光シーズンには多くの人を受け止められるようになると期待している。
入洛された利用者さんたちの声を十分に生かし、交通機関、神社仏閣、観光施設、宿泊施設などにもはたらきかけ、視覚障害者をしっかり受け止められる実質の伴う「観光都市・京都」に変えていくことも本活動の目的の一つである。
2008年07月05日
体重計と日常生活用具給付
数日前、原因のさだかでない急性の浮腫にみまわれ、それ以後体重計に乗るのが日課となった。
その数値を家人の目で確認してもらうことになるが、これが日常的となると血圧計同様音声で見届けることができないか、と思うのは「見る側」「見てもらう側」双方の思いである。
その音声体重計は2万円ほどもする。
休日、ライトハウスに出向いたさい日直の係の人に「体重計が買いたいので伝えておいて欲しい」と頼んで帰る。
後日、担当者から「ライトハウスには置いていないので、こちらの業者へ連絡してください」と、その業者の電話番号を教えてもらう。
「ここなら前にも連絡したことがある」とうなずきつつ電話を入れる。「これって日常生活給付の対象になっていないのですか?」と、ふと思い出して聞いてみる。「えっ!そのつもりで連絡されたのではないのですか?」と、むしろ対応した方が意外な声。ライトハウス担当者も一言このことについてアドバイスしておいてもらったら全くその知識のない人は助かったのではないか…。
その明細書が送られてきた。早速区役所へ手続きに家人に行ってもらう。「担当者の人はいなかったが所定の書類にはサインをしてきた」とのこと。
明くる日、不在だった担当者から電話が来る。「せっかく来てもらったのですが、一部記入漏れの箇所があるので書類を送らせてもらいました」という。私の場合は家人に依頼できたが、ガイヘルさんと一緒に日時を合わせて出向いて行かれた視障者だったらどうだろう。「今日は担当者がいない」では困る。少なくとも補助できるくらいの体制はとっておいて欲しいものだ。
「書類を送り返す」と言われても、同居人に墨字使用者がいない人はどうなる!読み書きしてもらえる人が訪れるまで待っていなければならないことになる。
「返信用の封筒も入っています」というが、これは本来は2度手間の仕事。こうした事務処理費も全て常々「高い!」と感じている税金から出ているのだ。
「同居されている人の中に見えておられる人がおられる場合は給付対象にならない場合があります。日中8時間以上家人がお勤めになっている場合はそのかぎりではありませんが」ともいう。ならば私のケースでは対象外なのか?
「最近体調が悪くて日常的に体重を量っているのだけど、自分で確認したくて申し出ているんですけどね」 「そうですか、それなら書類に病名を書いておきましょう」という。その診断書を添えてくれとまでは求めないらしい。
この当たり、不正請求して受け取ろうとすればたやすくできそうなあやうさも見え隠れする。
さてさて手元に体重計が来るのは何時の日か、そして通常の体重計を買う程度の出費ですむような援助が得られることになるのだろうか。
いま、BMIは、23までいっていない。この常態を保つためにも自分で数値を確認しつつ医療費削減の予防に心がけていきたいものだ。
2008年07月01日
商工会議所に活動協力の御願いに出向く
28年も取り組んでいる「点字メニュー設置運動」は、時間の経過の割に広がりを見せず、お店側も関わるボランティアの意識も私が期待したほどの手応えがない。
こうした中で、新たに取り組みに入った他府県からの視覚障害者を受け入れる「おこしやす京都」の活動は、新しい取り組みということもあってマスコミにも取り上げられ、活動に関わるアイヘルパーも気合いが入っている。
この二つの活動をうまくリンクさせてユニーズとしての目的を少しでも達成していきたいという想いから、ボランティアセンターに仲介してもらって商工会議所に、何らかの形で力になってもらえないかと御願いに出向いて来た。
京都市では外国の人も気持ちよく受け止める一助としてメニューなども幾つかの国の言語で設置するような働きかけをしている。本日、窓口として対応してくださった係りの方も「点字メニューも、それと同じ位置づけで考えられますね」と共感してくださった。
定期的に観光協会や府・市などの関係部局との話しあいもあるので、そういう場に提示できないかを検討してみたい、と好意的な返答が返ってきた。
こうして業界として前向きに取り組んでもらえれば社会的なインパクトもあり、メニューに留まらず宿泊施設の視覚障害者への環境整備など、視覚障害者の生の声をダイレクトに伝えていけるパイプもできる。
ボランティアセンターの職員も同行してくれたが、「ボラセンも一役かったことを新聞にも載せてもらうようにしたい」という。それはそれで意味のあることではある。
私としては、観光協会に支援してもらって京都駅近辺の飲食店には少なくとも「点字メニュー」のある環境。神社仏閣には障害の有る者ももっと観光を楽しめる心配りを求めていきたいし、アイヘルパーの拝観料は無料にして欲しい。
我々の活動は「目の提供」であるから、観光ガイドボランティアや京言葉を語る会などのグループともコンタクトをとって必要な場面で協力してもらえるような接点が持てればと考えている。
「点字メニュー」の受け入れ体制ができるようであれば、チェーン店なども多いことから、同じような活動をしている活動グループを全国的に見いだして緩やかでも接点のあるネットワーク作りができないものかと考えている。
各企業の中で「視覚障害者への接し方」などの研修会もしてもらえたらありがたい。
今日のところは多くは語らず、とにかく「当事者の声を直接聞いてもらえる場の設定がしてもらいたい」旨を押さえとして話して30分ちょっとの顔合わせを終えた。
何時、呼び出しがかかるかが楽しみである。
こうした中で、新たに取り組みに入った他府県からの視覚障害者を受け入れる「おこしやす京都」の活動は、新しい取り組みということもあってマスコミにも取り上げられ、活動に関わるアイヘルパーも気合いが入っている。
この二つの活動をうまくリンクさせてユニーズとしての目的を少しでも達成していきたいという想いから、ボランティアセンターに仲介してもらって商工会議所に、何らかの形で力になってもらえないかと御願いに出向いて来た。
京都市では外国の人も気持ちよく受け止める一助としてメニューなども幾つかの国の言語で設置するような働きかけをしている。本日、窓口として対応してくださった係りの方も「点字メニューも、それと同じ位置づけで考えられますね」と共感してくださった。
定期的に観光協会や府・市などの関係部局との話しあいもあるので、そういう場に提示できないかを検討してみたい、と好意的な返答が返ってきた。
こうして業界として前向きに取り組んでもらえれば社会的なインパクトもあり、メニューに留まらず宿泊施設の視覚障害者への環境整備など、視覚障害者の生の声をダイレクトに伝えていけるパイプもできる。
ボランティアセンターの職員も同行してくれたが、「ボラセンも一役かったことを新聞にも載せてもらうようにしたい」という。それはそれで意味のあることではある。
私としては、観光協会に支援してもらって京都駅近辺の飲食店には少なくとも「点字メニュー」のある環境。神社仏閣には障害の有る者ももっと観光を楽しめる心配りを求めていきたいし、アイヘルパーの拝観料は無料にして欲しい。
我々の活動は「目の提供」であるから、観光ガイドボランティアや京言葉を語る会などのグループともコンタクトをとって必要な場面で協力してもらえるような接点が持てればと考えている。
「点字メニュー」の受け入れ体制ができるようであれば、チェーン店なども多いことから、同じような活動をしている活動グループを全国的に見いだして緩やかでも接点のあるネットワーク作りができないものかと考えている。
各企業の中で「視覚障害者への接し方」などの研修会もしてもらえたらありがたい。
今日のところは多くは語らず、とにかく「当事者の声を直接聞いてもらえる場の設定がしてもらいたい」旨を押さえとして話して30分ちょっとの顔合わせを終えた。
何時、呼び出しがかかるかが楽しみである。
2008年06月29日
バリアフリー映画で空足をふんだ!
今日は特に決まった予定もない日なので映画を見にいくことにした。
朝からの雨は止まず、ユニスにもレインコートを着せて出かける。
開演は12時半というちょっと中途半端な時間、昼飯抜きで30分ほど前にシネマにつく。
チケット売場の近くに行くと、もう一つの映画「靖国」は完売したとアナウンスしている。常より確かに人が多い。
「西の魔女が死んだ」のチケット売場に近づくと係りの人が申し訳なさそうに「もう一杯なのです。立ち見なら見ていただけますけど」という。
「事前に問い合わせなどしていただきましたか?」 「いや別にそうしたことはしていないが、もし予約でもしておけば対処してもらえたのですか?」 「いえ、そういうことではありませんが」という。
もともと席数の多い会場ではないが、その当たりを見てもらっても白杖の姿が目につくこともなさそうである。「バリアフリー映画ということで、どういうものかを見に来られる人もあって」と係員。
めっちゃ・見たくて、足腰がしっかりしているのなら立ち見でも見て帰ろうと思う気にもなるが、長時間の立位は腰痛の元、まして、数日前までは足に浮腫のあった体。「そうですか、しかたがありません、帰ります」と、すごすごと引き返す。
手には、大阪で2週間後に行われるバリアフリー映画の案内と「西の魔女の住んでいた家」という点字で図したものだけが残る。
バリアフリー映画って誰を対象に作った物なのだろうか?この映画上映全てが音声対応であれば文字通り「バリアフリー」であって、一般市民の人が先に来て席をしめることは何ら問題はない。しかし、音声ガイド付きの上映は昨日と今日の2本だけ。ならば視覚障害者が優先的に見られる環境を整えても良いのではなかろうか。
詳細なところは分からないのでつっこんだことは言えないが、少なくともせっかく「視覚障害者にも楽しんでもらえるように」と手を加えられたものであれば、多くの視障者に見てもらえることを考えて良いのではないか?
この映画の音声を付けるさいに、「おばあさんがだんだん小さくなっていく」というガイドを入れたそうだ。それは画面の中でおばあさんが遠ざかっていくシーンであったようだが、そのガイドを聴いた視覚障害者は「えっ!おばあさんが小さくなっていくの?」と、おばあさんが実際に縮んでいくように錯覚したようだ。それで「遠ざかっていく」というようなフレーズに変えたようだ。
この話を聞いて、今「目に写ったことを言葉で表現して欲しい」と常々アイヘルパーの講座のときに伝えているが、この事例も話の種になりそうだ。
朝からの雨は止まず、ユニスにもレインコートを着せて出かける。
開演は12時半というちょっと中途半端な時間、昼飯抜きで30分ほど前にシネマにつく。
チケット売場の近くに行くと、もう一つの映画「靖国」は完売したとアナウンスしている。常より確かに人が多い。
「西の魔女が死んだ」のチケット売場に近づくと係りの人が申し訳なさそうに「もう一杯なのです。立ち見なら見ていただけますけど」という。
「事前に問い合わせなどしていただきましたか?」 「いや別にそうしたことはしていないが、もし予約でもしておけば対処してもらえたのですか?」 「いえ、そういうことではありませんが」という。
もともと席数の多い会場ではないが、その当たりを見てもらっても白杖の姿が目につくこともなさそうである。「バリアフリー映画ということで、どういうものかを見に来られる人もあって」と係員。
めっちゃ・見たくて、足腰がしっかりしているのなら立ち見でも見て帰ろうと思う気にもなるが、長時間の立位は腰痛の元、まして、数日前までは足に浮腫のあった体。「そうですか、しかたがありません、帰ります」と、すごすごと引き返す。
手には、大阪で2週間後に行われるバリアフリー映画の案内と「西の魔女の住んでいた家」という点字で図したものだけが残る。
バリアフリー映画って誰を対象に作った物なのだろうか?この映画上映全てが音声対応であれば文字通り「バリアフリー」であって、一般市民の人が先に来て席をしめることは何ら問題はない。しかし、音声ガイド付きの上映は昨日と今日の2本だけ。ならば視覚障害者が優先的に見られる環境を整えても良いのではなかろうか。
詳細なところは分からないのでつっこんだことは言えないが、少なくともせっかく「視覚障害者にも楽しんでもらえるように」と手を加えられたものであれば、多くの視障者に見てもらえることを考えて良いのではないか?
この映画の音声を付けるさいに、「おばあさんがだんだん小さくなっていく」というガイドを入れたそうだ。それは画面の中でおばあさんが遠ざかっていくシーンであったようだが、そのガイドを聴いた視覚障害者は「えっ!おばあさんが小さくなっていくの?」と、おばあさんが実際に縮んでいくように錯覚したようだ。それで「遠ざかっていく」というようなフレーズに変えたようだ。
この話を聞いて、今「目に写ったことを言葉で表現して欲しい」と常々アイヘルパーの講座のときに伝えているが、この事例も話の種になりそうだ。
2008年06月23日
雑感
生活パターンが変わって2週間。
心身両面でマイペースの時間が過ごせるようになったなあと思っているやさき、体全体に浮腫が現れてきた。数日の内に体重は3kg増えるし、ズボンのウエストはきつくなり、やや大きめかと思っていた靴も窮屈なくらいになり、これは!?と近くの医院に出向く。
退職してからは毎朝散歩にも出かけ、血圧を測れば(音声で数値を教えてくれる血圧計がある)、今までよりかなり下がっていて「やっぱり運動が効いているんだろうな」と自己満足していた。
受診の結果は「これ」という原因は分からなかったが、本来高い血圧、無理をしてダメージが浮腫を招いているのではないかとのことで散歩も見合わせた方が良い」と宣告されてしまった。自分としては納得できるものではないが、取りあえず利尿剤が処方される。 それからはパソコンに向かうと関連の病気や症状・薬の検索をかけることにかかる。
インターネットを使って、こうして検索を自由にできるようになったのも音声リーダーがあってこそ。
調べれば調べていくほど望ましい回答は得られない。心臓や腎臓の状態が気になりだすということは、生命に繋がってもくる。細く長く生きたいとは考えていない。だが今少し、自分なりの想いを具体化しておきたいことが残っている。
急にこんな症状が現れてくると「生きている時間」というものを自分の手元に引き寄せて考えなければならないことを身をもって感じる。
数日で浮腫はほとんど引いてきた。自己判断で短めの散歩も復活させた。さて、ちょっと足踏みしかけた再出発、一定のモチベーションを持ち続けながら日々を送っていくことにしよう。
心身両面でマイペースの時間が過ごせるようになったなあと思っているやさき、体全体に浮腫が現れてきた。数日の内に体重は3kg増えるし、ズボンのウエストはきつくなり、やや大きめかと思っていた靴も窮屈なくらいになり、これは!?と近くの医院に出向く。
退職してからは毎朝散歩にも出かけ、血圧を測れば(音声で数値を教えてくれる血圧計がある)、今までよりかなり下がっていて「やっぱり運動が効いているんだろうな」と自己満足していた。
受診の結果は「これ」という原因は分からなかったが、本来高い血圧、無理をしてダメージが浮腫を招いているのではないかとのことで散歩も見合わせた方が良い」と宣告されてしまった。自分としては納得できるものではないが、取りあえず利尿剤が処方される。 それからはパソコンに向かうと関連の病気や症状・薬の検索をかけることにかかる。
インターネットを使って、こうして検索を自由にできるようになったのも音声リーダーがあってこそ。
調べれば調べていくほど望ましい回答は得られない。心臓や腎臓の状態が気になりだすということは、生命に繋がってもくる。細く長く生きたいとは考えていない。だが今少し、自分なりの想いを具体化しておきたいことが残っている。
急にこんな症状が現れてくると「生きている時間」というものを自分の手元に引き寄せて考えなければならないことを身をもって感じる。
数日で浮腫はほとんど引いてきた。自己判断で短めの散歩も復活させた。さて、ちょっと足踏みしかけた再出発、一定のモチベーションを持ち続けながら日々を送っていくことにしよう。
2008年06月18日
盲導犬ユニスも第2の犬生
僕、盲導犬ユニスです。
お父さんがお仕事に出なくなったので僕の生活パターンもちょっとだけ変わりました。
僕がお父さんと一緒に歩き始めて丸4年、最初の数年は、朝・夕に。ここ1年は、午前中、職場の行き帰りをしていました。
僕が職場に出かけ始めた頃は、わりとにぎやかでお父さんの大きな声もよく聞こえていましたが、ここ数ヶ月は人影もまばらとなってきて、お父さんも座っている時間が多くなって、行きより帰りの足取りの方が元気が良さそうになってきました。
朝、お出かけの雰囲気が分かると、先に僕の足がドアに向いていたものが、近頃は「ユニス、さあ仕事やで」と急かされても、「お父さんもあんまり行きたくなくなっているようなのに、まだ行くの?」と言いたいところでしぶしぶ同行する日が数日続きました。
職場では僕も一役果たしていました。
ほぼ寝たきりの患者さんは、お話をし合う仲間もなく、孫さんの顔を見るチャンスもあまりないかもしれない。僕の姿を見に出て来られる人も何人かいました。車椅子でリハ室に連れて来てもらった時、のんびりと、ときには上を向いて寝ころがっている僕を見て、「この犬何ていう名前やったかなあ」と毎日のように訊ねながらも「ユニス!」と呼んでくださる人もありました。
名前を呼ばれても「どうせ用はないのでしょ」と愛想無く目を開けない時もしばしば。今から考えるともう少しサービスをしておいた方が良かったなあ。
お父さんと僕が卒業する日、スタッフの人からは花束とともに僕のミルキーボーンも一緒にいただきました。
お父さんが仕事に行かなくなっても起きてくる時間は一緒です。僕の朝食と排泄のためです。
さあ、これから散歩に行くことになったんです。今まで休みの日には散歩に出ていましたが、だいたいコースが決まっていてあんまりおもしろくもなく、のそのそとついて行ってる感じでした。
ところが毎日歩き出すと、お父さんはその日・その日コースを変えて歩き出します。こうなると僕の方も今までのように「こっちでしょ」と決め込んで足が出せず、ストレートとかライトなどの指示をしっかり聴きながら歩かねばなりません。そのせいかどうか、これまでの散歩よりは足の運びがよくなりました。
今頃は夜明けが早くなり、鳥のさえずりも気持ちが良いですね。歩いている人もほとんどなく、車も少ない。そんな中、トラックが止まったままでブルブルとエンジンをふかしている。それも日を変えて違う場所でもありました。さわやかな空気の中に排気ガスをまき散らすなよ。朝早くから車で送ってきてもらった女の子が「ありがとう」って降りる場面にも遭遇するしね。
3千歩から7千歩くらい毎日歩いているおかげかどうか、お父さんの血圧は間違いなく下がってきているよ。これはやっぱり僕がつき合ってこその結果で健康管理に盲導犬は大きな役割を果たしてる!
だんだん暑くなってくるので正直あまりつき合いたくない日もあるけどパートナーとして歩き続けます。
きっと今頃職場では、お父さんじゃなくて「ユニスどうしてるかな?」なんて僕のことを話しているんじゃないかな。
お父さんがお仕事に出なくなったので僕の生活パターンもちょっとだけ変わりました。
僕がお父さんと一緒に歩き始めて丸4年、最初の数年は、朝・夕に。ここ1年は、午前中、職場の行き帰りをしていました。
僕が職場に出かけ始めた頃は、わりとにぎやかでお父さんの大きな声もよく聞こえていましたが、ここ数ヶ月は人影もまばらとなってきて、お父さんも座っている時間が多くなって、行きより帰りの足取りの方が元気が良さそうになってきました。
朝、お出かけの雰囲気が分かると、先に僕の足がドアに向いていたものが、近頃は「ユニス、さあ仕事やで」と急かされても、「お父さんもあんまり行きたくなくなっているようなのに、まだ行くの?」と言いたいところでしぶしぶ同行する日が数日続きました。
職場では僕も一役果たしていました。
ほぼ寝たきりの患者さんは、お話をし合う仲間もなく、孫さんの顔を見るチャンスもあまりないかもしれない。僕の姿を見に出て来られる人も何人かいました。車椅子でリハ室に連れて来てもらった時、のんびりと、ときには上を向いて寝ころがっている僕を見て、「この犬何ていう名前やったかなあ」と毎日のように訊ねながらも「ユニス!」と呼んでくださる人もありました。
名前を呼ばれても「どうせ用はないのでしょ」と愛想無く目を開けない時もしばしば。今から考えるともう少しサービスをしておいた方が良かったなあ。
お父さんと僕が卒業する日、スタッフの人からは花束とともに僕のミルキーボーンも一緒にいただきました。
お父さんが仕事に行かなくなっても起きてくる時間は一緒です。僕の朝食と排泄のためです。
さあ、これから散歩に行くことになったんです。今まで休みの日には散歩に出ていましたが、だいたいコースが決まっていてあんまりおもしろくもなく、のそのそとついて行ってる感じでした。
ところが毎日歩き出すと、お父さんはその日・その日コースを変えて歩き出します。こうなると僕の方も今までのように「こっちでしょ」と決め込んで足が出せず、ストレートとかライトなどの指示をしっかり聴きながら歩かねばなりません。そのせいかどうか、これまでの散歩よりは足の運びがよくなりました。
今頃は夜明けが早くなり、鳥のさえずりも気持ちが良いですね。歩いている人もほとんどなく、車も少ない。そんな中、トラックが止まったままでブルブルとエンジンをふかしている。それも日を変えて違う場所でもありました。さわやかな空気の中に排気ガスをまき散らすなよ。朝早くから車で送ってきてもらった女の子が「ありがとう」って降りる場面にも遭遇するしね。
3千歩から7千歩くらい毎日歩いているおかげかどうか、お父さんの血圧は間違いなく下がってきているよ。これはやっぱり僕がつき合ってこその結果で健康管理に盲導犬は大きな役割を果たしてる!
だんだん暑くなってくるので正直あまりつき合いたくない日もあるけどパートナーとして歩き続けます。
きっと今頃職場では、お父さんじゃなくて「ユニスどうしてるかな?」なんて僕のことを話しているんじゃないかな。
2008年06月09日
退職 2
第2の職場においても、文字処理と行動の不自由は課題になりました。
リハ開設に当たって、この二つの不自由を解決するために私のヒューマンアシスタント的な仕事もしてもらえるリハ助手を配置してもらいました。
行動面では、病棟のベッドサイドに出かけるさい、障害物に当たったり予想せぬ所に立っている人にぶつかってしまわぬよう助手に同行してもらいました。リハ室内では自由に動けましたが、それでもスタッフの人たちには目配りをしてもらって、おかげで30年近く、見えないが故の事故をおこすこともなく無事終えることができました。
文字処理では、ドクターからの処方箋や看護・介護記録は他者に読んでもらう必要があり、また、リハの記録も当初は、私がまとめたものを口頭で伝えて書き取ってもらわねばならず、忙しくなればなるほど、その作業に要する時間も増えてきました。
ここ数年前からパソコンを使うようになり、私が書き込んでおいたものを所定の用紙に張り付けてもらうという作業に変わっていったことで、以前ほど時間は取らなくなってきたかと思いますが、それでも音声を頼りに入力しているところから、うっかりミスの誤字がやたら多く、それを修復してもらうのに無駄な時間を取らせてしまう結果ともなりました。
定期的にやってくる監査などのさいは、いくつもの書類をスタッフの力に御願いせざるを得ず、詳細なチェックにまで目が届かずに「不備な書類」として突き返され、徹夜をして書き換え作業をした苦い記憶も残っています。
初めの職場では、新しい知識を得る、という意味でも視覚障害があるがゆえの不自由を感じたものですが、第2の職場では最初の数年は「取り残されるのではないか」という不安もあって、身近にある参考資料なども気張って点訳したものでした。
しかし、それらの資料の多くは総合病院で扱うような材料が多く、「老人」のケアに関わるものは少なくてあまり「学習する」という意欲も失せかけてきました。
明日のための治療というよりは、「今という時間を楽しんでもらえた方が良いのではないか」との思いから、ゲームや歌なども取り込んでいくリハへと換えていきました。
しかし、運動療法に対する規制も厳しくなり、時間枠で個々のケースに対応していかなければならない、ということになってきました。
一人ひとり異なった生活歴や身体症状を持った人を人くくりにするような規制には同意しかねるという思いもあり、また、相対的に見ていくことのメリットや私を含めスタッフ個々が「できる仕事」を分担していこうと、1ケースにみんなで力を合わせて取り組んできました。
書類が増え、相対的な業務内容では基準にもかなわなくなってきた昨今。私の視覚障害という状態と、各ケースにどのように関わるかの考え方のずれの中で、「このまま仕事を続けていく意味は無い」と結論づけました。

