2009年11月11日

    ついに先送りになった手術  

 「90%は狭心症だと考えられるが10%の可能性を求めて検査を」ということで実施したカテーテル造影検査。
 その結果は、右冠動脈の数カ所が細くなっており、経費的冠動脈形成術(PTCA)というステントなる物を入れなければならなくなり、1週間後の整形の手術は年明け以降とずれ込むことになってしまった。
 予定通りの日程であれば前に部長をされていた方が来られて立ち会ってくださるということであったが、日が変わることによって、そのチャンスは流動的となった。
 循環器の結果を聞いて、整形の担当ドクターが仕事を終えてからであろう午後8時に私の病室を覗いてくださって「またスタート地点から考えて行きましょう。前部長に立ち会ってもらうことについては、どのように考えられるか?忙しい方なので日程を合わせて来てもらえるかどうかは分からないが?」との問いかけ。
 素直な気持ちから言えば、経験豊かな人に立ち会ってもらえることは有り難いし、せっかくそうした機会を作ってもらえたことでもあり、日にちがずれ込んだからといって、やはりそのチャンスがあることは望みたい。
 しかし、現に関わってくださる担当医に対して、その申し出は、ある意味では「頼っていない」と捕らえられてしまわないか。
 しばし躊躇した後、それでも一生に一度の手術にさいして患者としての気持ちは素直に伝えておいた方が良いと思い、「今回設定していただいたことでもあり、もし可能であればお願いしたい」と、やや目線を落としてお願いする。
 今回の検査入院は1泊2日。夜には家人にユニスを連れて帰ってもらうとして、日中傍においておくのに個室の方が良いと考え、そのように申し出る。ちょうど空いているところがあったが、トイレは付いていない。トイレまで歩いて行くにはかなりの距離があり、溲瓶を借りることにする。
 私の担当看護士は若い男性。これまでにも各科で問われた既往歴や体重や身長にいたるまで、またまたご丁寧に訊ねられる。集中カルテになっているのであれば、この当たりの作業はもう少し何とかした方が良いと思うが。
対応してくれる彼の行動を見ていても感じるが、医療の学習を終えただけというだけではなく、人との関わりをどのようにしていくかがこの世界においても大きなウエイトをしめてきていることを痛感する。確かに患者との関わりの中で、目線も言葉遣いも「やらせてもらっている」という雰囲気に変わってきている。
 手首から血管を通して心臓までカテーテルを送り、そこで血管がどのようになっているかを見ることができる。ほとんど苦痛もなく、そうした作業ができるようになった。医療は日の当たっている所では恐ろしいほどの進歩である。
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2009年11月06日

手術前ばたばた劇

 1ヶ月前、東海道五十三次・盲導犬ウォークリレーで12km歩いて、夕刻から懇親会に参加し、常よりはちょっと多めのビールを飲んでの帰宅の道、地下鉄から地上に上がる88段の階段をそこそこのスピードで上がり切ってバス停でバス待ちをしているとき、常よりはちょっとしんどいかなとの思いで、手首を握ってみると何やらイレギラーな脈が触れる。
 まあ時々数分こんな時もあるのでと、バスに乗るが、バスから降りて自宅へ帰っても不整脈は続いている。結局、夜間ずっとそんな調子が続いて朝となる。こんな状態が続くのなら近くの医院で診ておいてもらった方が良いかと出かける準備をしかけていると脈は正常な拍動になっている。それでも念のためにと受診するが、もはや心電図上にもそうした波形は出ていない。
 しかし、手術前チェックということで数日後病院へ出向いたさい、先日のことを話すと「調べておいた方が良い」ということで、まずは24時間持続の心電図計を付ける。また、日を変えて負荷試験というので自転車・エルゴメーターを使って10分ちょっと心電図を取る。トレッドミルの方がより確実なデータを得られるとのことだったが見えぬ者にはちょっと危ないのではないかと言われてあまんじることにした。
 さて、検査結果はいかに?と循環器内科の担当医の前に座ると「さあ何とも言えぬところだが、念のために調べておいた方が良い」とのこと。予定の手術日は近づいているが、検査の方は予約が詰まっているようで、「それなら薬剤負荷テストをしますか」とのこと。こうなったら、体験するもの何でもこの機会に受けてみようと開き直った気持ちになる。薬を入れて通常の脈の倍くらいの早さまで心臓を動かして心電図とエコーで確認する。この検査室にもうユニスと何回来たことか。すっかりおなじみになったようだ。家人とユニスは廊下で待っているのだが30分以上の検査になると心配なのか鼻を鳴らすという。廊下に出て来ると前足を上げて喜ぶ。傍目には何とも愛らしい姿に見えるだろうが、本来の盲導犬としては望ましくないともいえる。
 再度、内科医の前に座る。「狭心症の疑いがある。この検査では90%の確率」と言われてしまう。「とにかくカテーテル検査をして10%の所の確認と、具体的にどの部分の血管が狭くなっているのかを調べる」ということで、またまた検査入院となる。
 この入院は急なことで、ユニスを訓練センターへ預ける段取りも出来ていない。取りあえず「盲導犬と一緒に検査入院したいので個室を使わせてもらいたい」と願って出る。その段階では分からないということであったが、翌日に「使えます」と電話連絡があってまずは一安心。
 それにしても、1週間前に近づいた手術予定日だというのに、カテーテルの検査結果を待たないと最終的な結論が得られないという何とも不安定な状態にある。
 いっそのこと、先延ばしにしてもらった方が時間も取れて良いような気分だが、病院側としても「手術すること」が前提にあるので、検査の結果が「良し」であれば予定通り、となるのだろう。
 それにしても、老化現象が現れている術前の患者。いろいろな検査をすればあちこち問題箇所が出て来るのではなかろうか。多くの検査をすることで医療費も相当なものになるだろう。
 我が身体を見据える前に、視覚障害者として、医療にまつわる社会問題として、いろいろ考えさせられることの多い数カ月である。
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2009年10月31日

これからの盲導犬公報活動

盲導犬協会の職員と、久しぶりに話し合った。
 世間では盲導犬の数は少ない。何年も待たないと盲導犬を手にすることはできないと言われている。
 しかし、現実には必ずしもそうではないような実体もありそうだ。新たな盲導犬使用者を発掘するのが協会にとっての一つの課題であるという。
 安全に自由に歩けるという意味からすると、もっともっと増えて然るべき盲導犬使用者!なぜ、増えないのかを解くことによって、その課題を解決していけるのではないかと考える。
 盲導犬を伴うことによる社会的バリアが本質的には取り除かれていないこと。日常的な場面で拒否事例が絶えないのも一つだが、盲導犬を使っていることで就職活動にも影響するという話を聞くと悲しくもあり、現実の厳しさも感じざるを得ない。
 しかし、こうしたバリアを取り去ることが視覚障害者の社会参加・盲導犬の本質的な受け入れに繋がるのであって、強く世間へアピールしていかなければならない。これまでの「犬には触らないでね」などの公報活動ではなくて、職員には、こうした分野での汗をかいて欲しいと要望した。
 また、盲導犬使用者にとって盲導犬にかかる経済的な負担も大きい。ドッグフード、獣医にかかる医療費、などなど。こうした経済的負担が盲導犬を使用したくても踏み切れない理由にもなっているのではないか。
 視覚障害者の歩行の自由を確保するためにも公的な援助がなければならないし、こうした点にも協会として力を注いで欲しいと訴えた。
 そして、盲導犬の可能性を引き出すことによって、より安全な歩行が約束できるようにすれば、盲導犬を持ちたいと考える人はもっと増えるのではないか。
 具体的には音の静かなハイドブレッドカーなどに盲導犬が素早く反応してくれる、などの能力を身に付けたらニーズはきっと高まるだろう。このような今日的なニーズをトレーニングの中にタイムリーに取り入れて実践もしていって欲しいものだ。
 これからの盲導犬に対する評価は、その頭数がどれほど増えたかというより前に、視覚障害者にとって盲導犬を使用することでリスクを負うのでなく、より社会参加しやすい環境を構築していくこと。
 これを当事者で有る視覚障害者と協会職員が心を合わせて立ち向かっていって欲しいと重ねて申し添えて話し合いを終えた。
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2009年10月28日

検査入院

 手術する頸部の状態をより厳密に見るために、ミエログラフィーの検査のため1泊入院する。
このためユニスは盲導犬協会に一時預かってもらう。職員にリードを渡す一瞬の感覚、「え!どうするの」とちょっとすがるようなかっこうを見せたものの、リードを引かれて協会の車に向かうころには尻尾を振って嬉しそうに車に乗り込んだ。
 整形病棟は車椅子や歩行器・杖を使って歩く人が多く、トイレへ行くにもリスクがあるので個室をお願いしているのだが、トイレつきの個室は重傷の患者を入れるための部屋だけしか空いてないということで、その部屋を提供してもらう事となる。
 血圧は自分ではそれほど意識はしていないが、やはり一定の緊張状態にあるのか常よりはかなり高い。
 背中に切れ込みの入った検査着に着替えてストレチャーに乗り部屋を出る。ゆっくり動かしてもらっているのだが、かなり古くなった建物か所々にゴトゴトと体に感じる箇所がある。
 検査室に入ると冷たい板状の上に乗り移る。横向けになって体を丸めてキシロカインの局所麻酔をちくりと打たれて、造影剤を腰から注入。痛みはほとんどない。この検査は、造影剤を脊髄神経の包まれている袋に注射するので、神経の状態が白い帯状になって見える。冷たい堅い水平板の上で、俯せになったり・45度斜めになったりしてレントゲンを撮る。
 部屋に帰ってからは500ccの点滴を付けたままトイレへ移動したり歯を磨いたり、コップの茶を数杯飲み干したり。
 おかげで、むかつきなども現れるとも聞いていたが、頭重感もほとんど感じぬままに検査入院を終えることができる。
 ユニスは元気に帰って来て早速夕食にありつく。
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2009年10月19日

診療の有るべき姿

 いよいよ11月半ばに全身麻酔下で手術をすることになる。
 それに先駆けて所定の検査のために幾つかの診療科を回る。
 こういう場合でも一応初診扱いということで予約患者優先というので科によっては3時間以上待たされることがある。病人でありながら体力・精神力との戦いである。
 また、大病院では受付から診察・検査と、その流れに対応するにはメモ耳も頭もふるに使わねばならない。
 院内をサポートしてくれる人材が必要だ。
 視覚障害者の場合、ガイドヘルパーに院内まで関わってもらうと待ち時間など含めると多くの時間を貴重な時間枠から使ってしまうことになる。
 既往歴など各種個人情報を一定の書類に書き込むことも求められる。各科の職員が対応してくれれば良いが、こうしたことにも対応してもらえる職員がいれば良い。
 こうしたことについて関係者と一度チャンスがあれば話し合ってみたいものだ。
 この病院ではどの診療科にいっても、患者が丸イスに座ると「私はMです。よろしくお願いします」とドクターの方から声かけがある。
 診察も患者の訴えをゆっくり受け止めるような問診から始まる。
 患者の症状などパソコン入力していくが、これは手書きよりやや時間がかかるかもしれない。
 一人の診察にかなりの時間を取る。その説明にある程度納得するとともに、長い時間待たされる原因が分かった。
 診察室にはユニスと一緒に入るが目の端に止める程度で全く問題はない。ユニスも心得たもので院内では本当に静かにダウンしている。
 検査室に入るときはユニスは廊下に家人と待ち私は職員に誘導を頼むのだが、これがまた様々。「腕を貸してください」というと比較的自然に体側に垂らした腕を提供する人もあるが、同じように言っても両手を前から持つようにして移動する者もいる。
 ここでも、各種障害の有る者に対する最小限のサポート実習くらいしておけば良いのに!と思ってしまう。
 それにしても、かかっている開業医と勤務医の違いをつくづく感じさせられる。
 外来担当医は、何時昼食を取るのだろう?12時になって「はい、お昼になりましたので」などと中座されても待っている身としては辛いが、切れ目無く続く患者をどのようにしているのか?気になるくらいだ。
 開業医の方は限られた時間の中で機械的に作業をし、診療報酬だけは取れるだけの点数書き並べて徴収する。
 現在の医療の病理は、この開業医と勤務医のギャップにあると思う。
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2009年10月10日

雨の日のウォーク

 東海道五十三次盲導犬ウォークリレーの初日は雨で開けた。
 それでも前日までに参加申し込みをされた20数名の方全てが集まり、盲導犬と使用者4人とともに傘をさしていざ出発!
 まず、やじきた像の前で東海道道中安全祈願。報道陣は出発地点である三条大橋を渡る我々を撮ろうとずらりカメラを並べて今や遅しと待ちかまえる。
 今日のために急いで製作してもらった京都ハーネスの会の名前入りTシャツも傘の下ではカメラにどのように取り込んでもらえたか?左胸の所に会の名前と盲導犬3頭が並ぶ絵柄と右腕にも盲導犬のワンポイントが入っているレモン色の半袖のTシャツ。10数名がそれぞれの配色で長袖の上に重ね着。
 各班に盲導犬使用者を配して4班に分けて最初のころは水たまりを避けつつ東へ 向かう。啓発用のチラシも傘を持つ手には渡しづらくなかなか配布も容易ではない。
 その内、雨も上がり、うっすら薄日まで覗く。一般参加の人たちに盲導犬使用者の傍らに来てもらってサポート体験をしてもらう。
 犬は左側を歩くのでサポートする場合は使用者の右側に来て、足元は盲導犬がしっかり確保するので看板や木の枝など顔の高さにある障害物があれば教えて欲しいこと。狭い場所では使用者はハーネスのハンドルを手から離してリードだけを持ち誘導者の腕を持って半歩後ろから着いていく、というようなことを実践した。
 京都ハーネスの会の横断幕も町中ではあまり高く示せなかったが雨上がりのときは参加した女子大生二人に持ってもらって車道を走る運転手らに目に留まるようにした。
 ほとんど落伍する者もなく中間地点の山科に到着。
 1時間ほどの昼食休みを終えて、外へ出ると雨足は強くなっている。天気予報の80%は残念ながら当たっている。
 犬にはレイコートを着せている。私の持った傘は何処か穴が空いているのかぽたぽたと頭の上に水滴が落ちてくる。こんな状態でどれほど歩かねばならないものかと思いつつ数百メートル歩いたところで、伴走車が駐車場で我々を待っていてくれた。
 ぐっしょり濡れてしまった犬たち。この雨の中をこれ以上歩かせるのは健康上も心配。
4頭の犬みんな車に乗せてもらい、我々は引き続き歩くことにする。
 4人の盲導犬使用者はそれぞれ誘導者と一緒に歩き続ける。私も大きな傘を買ってサポートのTさんと歩き出す。一部下見のときとはちょっとちがうぞ!と思わせるルートを先頭を行くものについて足元滑らぬよう気を使いながら歩を進める。
 逢坂関で午後の途中休憩。盲導犬たちも車から降ろしてもらって、喜びいさんでそれぞれの使用者の所へ駆け寄る。集合写真を撮って、さあ最後のひとがんばり!
 盲導犬を伴って大津までの下り坂を歩き出す。車道を挟んで向こうの方からテレビ取材のカメラが着いて来る。76歳をトップに盲導犬使用者は全て男性で60歳以上。下見のときよりは多少時間を取るのではないかと予測していたがみんなの足は衰えることなく順調に大津の町へ入る。
 滋賀県庁前には次のコースを歩く盲導犬使用者とサポーターの他、県の職員を多く出迎えてくれて拍手の中をゴールイン!
 12km歩いた割にはさほど疲れたという実感はない。それよりも、引き続き開催された30分以上の伝達式、立ち続けていなければならなかったことの方がちと辛かった。
あいにくの天候であったが、ほとんどの人が最期まで歩き続けた。足はそれなりに重くなったかもしれないが心は爽やかに軽やかな気分で散会した。
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2009年10月08日

ウォークデーと要望書

 京都は東海道五十三次の出発地点でもあり、全犬使会として出発式をするという。
 この区間を共催する京都ハーネスの会としては、その場で京都府や京都市に対して、盲導犬使用者に対する助成の要望書を手渡したらどうだろうと考えた。
 これまで各地の自治体の盲導犬使用者に対する助成をみていると、フード代や獣医にかかったさいの医療費、狂犬病の注射やフィラリアの検査や予防薬など。いろいろな形で援助している所がある。
 残念ながら京都はほとんど何もない。地元に盲導犬協会があるにも関わらず17頭と、全国に千頭と言われる中でかなり少ない。
 使用者に対する経済的援助がもっと充実すれば盲導犬使用者も増えるかもしれない。
 そうした思いもあって公的援助を求める活動をしていかねばと考えているところだった。そこへ、この五十三次の出発式の話。運動を進めていくとっかかりとしてもちょうど良い機会と考えた。
 まずは出発式までに担当係の職員と具体的な要望について話し合い、その要点を要望書としてまとめ当日読み上げようと考えた。
 そうした考えを主催者である全犬使会に申し出たところ、「府や市には今まで補助犬に対して理解をしめしていただいている感謝状をその場で渡すことにしている。同じ場所で要望書を出されるのはいかがなものか?」との反応が返ってきた。
 ちょっと以外とも思える反応であったが、にこにこムードでイベントを終えたい主催者の意向もある程度汲んでおかねばならないとも思い、行政との事前の話し合いを見合わせ要望書として読み上げることも引くことにした。
 しかし、この判断には会員の一人から猛烈な反論が出た。一端やると言っておいたことを安易に引き下げるのはおかしいのではないか。盲導犬使用者の声を発していくことこそが今回の目的ではないのかと。
 この声に砕けかけた腰を改めてしゃんと立ち直してみた。そして、結局出発式の挨拶の言葉の中にそうした要望を連ねることとした。
 当日、空で挨拶するつもりであったが、要望を取り混ぜた話をそれなりにまとめて発するにはやはり書き物を手に持っていないと心許ない。
 片手にハンドマイク、一方に点字が見に書かれた文字を撫でながらの話となって、さて説得力の訴えになったかどうか?
 臨席していた役所の担当者からは要望に対するコメントは何も返って来なかった。
実質はこれから、使用者の多くが自分たちの要望として声を合わせて運動を進めていけるかが課題である。

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2009年10月06日

ウォークデー当日まで

CIMG0416.JPG 全国盲導犬使用者の会15周年記念として企画された東海道五十三次ウォークリレー。出発地点が京都であると聞いて早速参加の申し出をした。
 市民啓発を目的とする京都ハーネスの会としては渡りに船である。
主催者側としては1区間(10から17km程度)を3人の盲導犬使用者で繋いでいきたいと考えたようだが、我々としては、複数の使用者と市民が一緒に歩いて、任されたコースをみんなで歩ききることを目標とした。
 京都から大津での12km程度を歩ききるために盲導犬協会に、職員同行、同行程での車両の運転、マスコミ取材対応をお願いした。
 まずは、京都・大津間、安全に歩ける道はあるのかの確認。打ち合わせの段階では有るような話であったが、実際に歩いてみる立場としては気になり、幾人かに訊ねてみると、そうでもなさそうだ。
盲導犬協会の職員の中には「とにかく安全第一、歩けぬ所は無理をせず車に乗れば良い」と考えているようだが、自らの足で1歩1歩を確認してこそ実感するものがある。
 職員や会員の中から具体的な歩行ルートを得られそうにないので、京都に詳しいアイヘルパーのJさんに具体的なルートを見付けてもらえないかお願いする。Jさん、早速自らの足で全ルートを歩いて休憩場所などまで考えて提示してくれる。
しかし、下見の当日はご当人は参加できないとのことで、資料だけでは不安なところもあり、無理をいってJさんに同行してもらって山科から大津の道を歩いてみる。なるほど、調べておいてもらって良かった!行く箇所か迷いそうな所があった。
 下見の日とウォークデー当日にハーネスの会をアピールする方法として横断幕を作ることにした。会の名前の他にキャッチフレーズを書き込むことになったが、なかなか名案が浮かんで来ない。そこで、ここでも会員外の人に妙案はないか相談して見て「盲導犬には愛の眼差しを使用者には声のご支援を!」という提案をいただいた。
 歩行ルートにしてもキャッチフレーズにしても、「会員内で解決すべきではないか」との声もあったが、期日の迫る中で、力を貸してもらえる人があったことは心強い。
 横断幕の次は市民へ配布するチラシ作り。文章は作ってみたが、やはり見栄えが肝心!ライトハウス祭りなどで啓発用のカードを自作されているKさんにレイアウトをお願いする。チラシのタイトルの横に小さく盲導犬の絵柄を配置してもらう。
 この絵柄を使って「アイロン印刷でTシャツを作って見た」と聞いて、「それなら京都ハーネスの会のTシャツを作ってもらえないか」と話を進める。いろいろ試行錯誤してもらいながら下見の日までにレモン色の会の名前入りTシャツが出来上がり20数名が着用することになる。
 当日を迎えるまでに、いろいろな場面で多くの人たちのお知恵や力を借りることで、ハーネスの会も確実に新たな第1歩を踏み出せた思いがする。
posted by よろてん at 20:42| 京都 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

盲導犬と京都から大津までを歩く

 全国盲導犬使用者の会の15周年記念として10月初旬に東海道五十三次を盲導犬と使用者・協力者でリレーして歩くという企画がある。
 我々京都ハーネスの会では、そのスタート第一区間を担当してあるくことにした。
 京都から山科までは車道に沿って比較的歩きやすい歩道もあって良いのだが、四宮を超えた当たりから車とは別の道を歩かねばならないということでJさんに予めそのルートを確認してもらい、私も数日前に実際に歩いてみた。
 そうした下準備をした上で昨日はハーネスの会のメンバーを中心に下見に出かけた。
 天気は上々、盲導犬3頭と参加者24名、盲導犬訓練センターの職員2名が伴走車を適宜、待機させながらの協力参加。 「京都ハーネスの会」と大きく染め抜き「京都在住盲導犬使用者とともに歩む市民の会」というフルネームを書き、「盲導犬には愛の眼差しを!使用者には声かけを!」というキャッチフレーズを書き入れた幅3メートルほどの横断幕を掲げ、「盲導犬と視覚障害者に理解を」の願いをこめたチラシを町行く人に配布しながら歩き始めた。
 私のサポート役をしてくれたHさんは京都のことについてよく知っていて三条通りを東に向かう道々、目につくものの説明をしてもらいながら歩くのはなかなか楽しいものである。ただ、九条山の上り坂の道では上からスピードを落とさないで向かって来る自転車族にしばしば足を止めざるを得ないこともあった。
 日差しを避けることもあって道路の南側を歩いていたのだが途中から車道を渡って北側の歩道を歩くことにする。
 こうなると盲導犬本来の左側側面に沿って歩くというパターンが成立してユニスも快調に足を運びやや下り坂のこともあって2時間で山科に到着。
 数名の方は午前中で帰られたがほとんどの参加者は大津へ向け午後出発。
 ここからはユニスも二度目の歩きとなる。「またここを歩くのか」と思っているのではないかと感じさせるゆっくりとした足取りで歩き出す。
 日ざしはあるが真夏のものではなく、ときに背中や首筋を撫でて通る風邪は冷ややかなくらいで何とも気持ちが良い。
 道ばたの風景も回りの人の感性でいろいろ伝えてもらうが、それぞれの見方が違って同じ道を二度目に歩いていても違った発見のできる一時となる。
 蝉丸神社や逢坂関にも立ち寄る。一緒に参加していた小学六年の男の子に「標識に書いてあること読んでくれる」と頼む。なかなか難しい文字が沢山並んでいるようで傍にいる人の助けを借りてそれでも最後まで読み上げる。
 12km程度の道のり、参加者それぞれに楽しみながら後半の2時間を歩き終えて、午後3時半には滋賀県庁前に到着。
 伴走車に乗った人もあるが、20名近い人が最期まで歩き通し無事に下見を終えることができる。
 このうえは本番当日のお天気の良いことを願うばかりである。
 14日・京都新聞に「盲導犬五十三次リレー」ということで掲載された。
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2009年09月07日

久しぶりの乗馬

 CIMG0412.JPG4年前の春、北海道の日高で体験した乗馬。僅かな時間ではあったがインストラクターの適切なサポートの爽やかさもあって忘れがたいものがあった。
 その後、京都にも視覚障害者が主催する乗馬体験の催しができたと聞いていたが、今日まで気になりつつも参加するにいたらなかった。
 ユニーズのアイヘルパー登録者の中に、このふれ愛乗馬クラブの役員をしている人があって「一度来てみませんか!」と誘ってくださった。ちょうど日程も都合が良く出かけてみることにした。
 日高ではユニスが馬にかなり反応して私が乗馬を体験している間、ユニスは事務所内に預かってもらったものである。
 さて、今回はどうだろう?そのことがちょっと気になっていた。
 40名近くを乗せた観光バスは宇治の山奥へ、見ているとはらはらするくらいの細い道路なのだろう運転手の鮮やかなハンドル裁きにときとして拍手!
 カシオピアライディングパークに昼前到着。大学の馬術部の学生も幾人かサポートに参加している。多少身体的に障害の有る人、引きこもりの人、子供たちも数人いる。
 年に6・7回催されているようだが、準備から当日の運営まで、多方面の人達が集まって支えてくださっている様子を間近にみる。
 屋根のある馬場でそこを2周するとのこと。まずは子供たちから。通常の大きさの馬とポニーのような小ぶりの馬2頭が待っていてくれたが、子供達もどちらかというと大きな馬に乗りたがるという。
 乗馬するさいにはチャップス(ライフジャケットのようなもので上腕まで保護しているもの)を身に付け頭にヘルメットをくくりつける。
 さて順番が回ってきたようだ。
 ユニスは当初の心配は何処へやら!僕は馬には興味ありません!という雰囲気で横を向いて伏せている。「待っててや、ウエイト!」と声をかけ誘導されて馬の傍に行く。
 ビール瓶で作った足代を踏んで、足の置き場を誘導されながら馬にまたがる。何となく以前の感覚とは座り心地が違う。手にする支えもひも状のもので前の固定されたようなものとは違う。
 馬を引く人の他に両サイドにサポートしてくださる人が立って出発。
 馬が1歩踏み出した時に心の中ではどきりとした。なにか「がくん・がくん」と歩く感じ。馬の肩が前足を出すたびに少し下がるような感じがする。
 今日、ユニスが馬に反応するかどうかの心配の他に、自らの身体的不安も若干あった。「転倒などすれば重度な全身麻痺を来すので気をつけるように!」と整形受診で言われている。まさに頸がネックなのだ。
 がくん!と馬が1歩踏み出した時、それまでの晴れた気分に雲が忍び寄る。
 日高で馬に乗ったとき、その高さにまず感動した。そしてサラブレッドの凛とりりしい雰囲気を感じ取ったものだ。自分も一国の王将になった気分で胸を張ったものである。
 しかし、今回の場合は「落馬でもしたら大変!」という思いが先行する。それでも左右に同行してくれる人達と言葉を交わしながらバランスを取ることに気をやる。「姿勢良いですよ」と言われて「そうですか」と返したものの、手に握った綱を放して4年前のように「V」サインする余裕はなかった。
 無事地上に降りて馬の首筋を「ありがとう」と撫でたが、何処かほっとした気分だけが残った。
 「2周回るところを1周しかしなかった」と家人から聞くが自分では1周なのか2周したのか全く分からないし今回の場合はそれを確認するだけの余裕もなかったのだろう。
 元の座席へもどってくるとえらくユニスが喜んでくれた。
 ベストコンディションにして来年またここへ来られることを楽しみにしておこう。
posted by よろてん at 21:22| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする